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2008年4月27日 (日曜日)

東方諏訪旅行記-8 諏訪大社上社前宮

 昨日は丁度長野の五輪聖火リレーで、巷ではいろいろと騒ぎになっていますね。
 今回長野で聖火リレーが行われているのは、十年前に冬季五輪が開催されたからですが、長野五輪時では開会式で会場に御柱が立てられたりしました(下諏訪駅前に立っている御柱が、その時のものです)し、実は諏訪も長野五輪とは縁のある地だったりします。つまり、ひょっとしたら諏訪の地も、今回の聖火リレーの騒動の様に赤旗を持った連中に踏み荒らされていた可能性があるわけで……いろいろと思うところが多いです。


 ……と、昨日起きた事件の話に触れつつも、日記自体は一ヶ月以上前の旅行についての話が、まだまだ続きます(笑)

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■諏訪大社上社前宮へ
 さて、諏訪大社上社本宮の参拝を終えて、続いて同じく諏訪大社上社の、今度は前宮へと向かいます。
 今回は本宮の後に訪れていますが、実際には「前宮」と言うだけあって、前宮は本宮の手前……より茅野に近い場所にあります。過去何回か書いていますが、位置関係的には、茅野からしばらく歩いた場所にある道路沿いに、前宮-守矢史料館-本宮という感じで続いています。徒歩で行くのであれば、この順番で行った方がいいと思います。
 駆け足での旅という事で、本宮の門前に止まっているタクシーを捕まえて、一気に前宮までワープ……という目論みだったのですが、観光シーズンから外れていたためか、タクシーは全くおらず、結局徒歩で道をひたすら戻っていくハメになりました…。
 シーズンオフでも本宮前の出店街は普通に営業していて、(少な目ではありますが)そこそこお客さんはいたのに、タクシーだけがいないなんて……。

 さっき守矢史料館から歩いて来た道をひたすら歩いて戻ります。約10分程歩いて守矢史料館の前を通り、更に10分程歩くと、諏訪大社上社前宮への入口が右手に見えてきます。
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(写真1:諏訪大社上社前宮の入口)

■諏訪大社上社前宮
 諏訪大社上社前宮は、本宮と少し形が違って、山を上っていくと建物がぽつぽつとある……という感じです。
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(写真2:諏訪大社上社前宮を入ったところ。上にどんどん登っていきます)

 こちらにも、本宮ほどではありませんが、東方系の史跡があります。スペカ系としては一ヶ所だけになりますが、守矢史料館の回に紹介した「御頭祭」の開催地「十間廊」もここになります。

■御頭祭の舞台「十間廊」
 上がっていくと、左手に見えてくる大きめの舞台っぽい建物が、「十間廊」です。ここが、守矢史料館で復元展示のあった「御頭祭」が毎年行われている場所です。
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(写真3:十間廊。名前の通り、長さが「十間」だそうです)

 「御頭祭」は、毎年三月の酉の日(現在は新暦で四月十五日)に行われている神事で、鹿や鳥獣の肉、そしてお酒を神饌として捧げ、神と人間が一緒に宴会をするというものです。「神」側の方々としては、ミシャグジ様が「降りて」いるのは勿論ですし、建御名方神の子孫である大祝も、そして洩矢神の子孫である神長官(守矢氏)も参加しているという、主要メンバー全てが揃った一大宴会です。
 風神録の霊夢END(というか、東方全般で?)行われている宴会が、まさにこんな感じなのでしょうか。
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(写真4:十間廊+御頭祭の説明文)

 神饌として一番の目玉が、75頭の鹿です。守矢史料館で復元展示されている通り、かつては、75頭の鹿の生首がずらりと並べられる…というすごい光景が繰り広げられていた様です。この鹿は、勿論このために「狩ってくる」わけですが、75頭の中に必ず「耳の裂けた鹿」がいるそうです。神が自ら矛で狩ったものだと言われており、この事は「諏訪の七不思議」の一つだと言われています。
(「諏訪の七不思議」は後日改めてまとめ記事を書きたいと思います。)

 とはいえ、上記は昔の話で、現在は出席するのは大祝ではなく本宮から来られた建御名方神の「御霊」ですし、宴会は行われずに鹿の首の剥製を2~3個を捧げる等だけの神事になっている様です。
 で、これを取材しながら疑問に思っていたのが、「そもそもこんな都会(駅の近くまで行くと普通に「街」ですし…)に鹿なんかいるの?」だったのですが、近くにはこんな立て札が……。
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(写真5:神社内では弾幕禁止)

 聞けば、このあたりでは結構鹿が獲れるらしく(農作物への被害から、最近では駆除数が増えてきているそうです)、現代でも猟師が獲った鹿を奉納→御頭祭で剥製ではない本物の生首が登場…という事もあるらしいです。
 今回の記事を書くにあたり、新聞記事等をいろいろ調べたのですが、私が思っていた「開発が進んだ現代では鹿の確保に困っているのでは(獲れなくなったから御頭祭も簡略化された?)」という考えは全くの間違いでした。「鹿が捕れなくて困っている」どころではなく、むしろ「(農作物の被害対策として駆除して)獲れすぎた鹿の扱いに困っている」感じです。下記のリンク先では「鹿567頭」と書いてありますが、更に集計が進んで駆除数が四桁になっている記事もありました。すごいなぁ…。

 http://blog.goo.ne.jp/nougaku_hiro/e/f875f490124b2df617804a674fbb9a4d

■神符「水眼の如き美しき源泉」
 さて、境内を更に奥に入って…というより、山を登って行きます。
 この前宮にも勿論御柱がありますが、本宮とは違い、山道の中に経っている感じです。
写真には御柱のうち二本が見えていますが、この写真の右側の敷地に、前宮の本殿?にあたる建物があります。
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(写真6:前宮の御柱。右に見える川は「水眼の清流」です)

 さて、この写真ですが、右手に小川が流れているのが見えると思います。これが、「水眼の清流」(すいがん、ではなく「すいが」と読みます)です。
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(写真7:「水眼(すいが)の清流」)

 この写真の地点の更に一キロほど上がったところに源流があり、この後は「御手洗川」として前宮~本宮と流れていきます。前回ご紹介した、本宮での「蛙狩神事」で使われている川でもあります(…とはいえ、地図や写真で見ても、ここから本宮までどうやって繋がっているのかはよく判りませんでした…orz)。
 古くから神水として知られ、様々な神事でも使用されました。
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(写真8:水眼の説明)

 この「水眼」、現地には柄杓が用意されており、飲むことも出来ます。(あくまで「生水」なので自己責任ではありますが)訪問記念に一口飲んでみるのもいいのではないでしょうか。私も飲んでみましたが、美味しかったです。

■御朱印が貰えなかった件と御朱印の魅力
 さて、前回の本宮でもいただいた「御朱印」。勿論この前宮でも(というか諏訪大社四ヶ所全てで)御朱印をいただく事ができます。
 そんなわけで、社務所へと向かったのですが……。どうやら丁度そのタイミングでお祓い?の仕事が入ったらしく、自分が近づいていった目の前で、社務所から神官の方が数名出てきて、山の上の本殿?に上がっていってしまいました。
 ま、まだ誰かいるかな?と思って社務所に呼びかけたのですが、どうやらさっきので出払ってしまったらしく、返事なし。暫く待ったのですがどなたも戻って来ず、結局、この前宮での御朱印はいただきそびれてしまいました……。

 そんなわけで、残り3ヶ所については御朱印をいただけたのですが、この上社本宮については御朱印をゲットできず。今回の旅行での諏訪大社御朱印コンプリートはなりませんでした。全ヶ所参拝したのに残念……。
 まあ、逆に、再度この諏訪の地を訪れる名目が出来たというか、諏訪の神様がもう一度来いと言っていただいている……と前向きに考えたいと思います。
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(写真9:前宮でいただきそびれたので、本宮の御朱印を代わりに紹介…)

 余談ですが、前回の諏訪大社上社本宮編で、本宮でいただいた御朱印の話を掲載したわけですが、その際にmixi側で見慣れない方の足跡がいくつかあったので辿ってみました。それで知ったのですが、この「御朱印」。この諏訪大社以外にも様々な神社仏閣でいただけるのですね。
 いろいろ関係するHPを調べてみると、いただける御朱印や朱印帳にも様々な種類があるようで、魅力的なものが非常に多く、この「御朱印をいただく事」が一つの趣味の分野として成立しているようです。
 この「御朱印」、大筋では記念スタンプみたいなものですが、大きく違うのが、「手書き」であるという事です。写真は前回も掲載した本宮でいただいたものですが、御朱印帳を渡すと、社務所の方がその場で御朱印を押し、「諏訪大社~」や参拝日等を筆で書いて下さります。スタンプとは違ってとても趣深いもので、これはいい参拝記念になるものですし、これを集めるのはなかなか瀟洒な趣味だと感じました。
 これまで京都や東京、そして自身が暮らしている大阪で様々な神社仏閣を訪問したわけですが、その中にも実は御朱印をいただける場所がかなりあり(一部、宗教的な理由で?御朱印をやっていない宗派もありますが、大きめの場所では結構やっているっぽいです)、これまで勿体ない事をしていたな……と思いました。
 これからは私も御朱印集めを新たな趣味として、旅に出る際には忘れずに、今回諏訪大社でいただいた御朱印帳を持参したいと思います。


■葛井神社へ
 さて、諏訪大社上社それぞれに参拝が終わったところで、茅野の近辺にある諏訪関係の、そして東方系の史跡をもう一ヶ所回っておきたいと思います。
 「葛井の清水」で知られる「葛井神社」です。
 この葛井神社、これまで回ってきた諏訪大社上社と守矢史料館と同じく茅野の西側(諏訪湖側)にあるのですが、ここだけはこれまで回った三ヶ所とは違い、少し離れた場所にあります。そのため、この「葛井神社」を訪れる際には更に一時間程度は必要になると思います。また、結構判りづらい場所にあるので、道に迷う事も考慮しておいた方がいいかと……。いずれにせよ、旅行でここを訪れる際には注意が必要です。
 他の場所とは違って大きな道沿いには無いですし、他よりマイナー?なので地図では「葛井神社」とは書かれていなくて所謂「神社マーク」だけでしか描かれていないものが多いです。で、神社は諏訪には沢山あるので、どれかどれやら判らないという……。

 ともあれ、ご多分に漏れずしぱらく迷った後に、ようやく、葛井神社に到着。
 まず目に入るのが、葛井の清水……もそうですが、「謎の木」です。
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(写真10:葛井神社の「千本欅」)
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(写真11:葛井神社の「千本欅」別アングルから)


 屋根が取り付けられた、ジブリアニメに出てきそうな謎の木。これが何なのかと思って説明の立て札を見ると、これは「千本欅」と呼ばれている欅(けやき)の巨木…の跡だそうです。かつて神木だった樹齢7~800年の大欅だったのですが、昭和49年に切られてしまいました。その後、保存のためにこの状態になっているそうです。
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(写真12:「千本欅」の解説)

■神秘「葛井の清水」
 さて、続いては本命の「葛井の清水」です。…さあ、これが「葛井の清水」ですよ!!
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(写真13:「葛井の清水」。左側には葛井神社の御柱が立っています)

 え、池しか無いって? …はい、この池っぽいの(というか、池そのもの)が「葛井の清水」なのです。
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(写真14:「葛井の清水」別アングルから)

 池にしか見えないこの「葛井の清水」ですが、この「清水」は諏訪大社上社の神事には欠かせない存在で、諏訪の七不思議の一つとなっています。
 何が「不思議」なのか? それは、この「葛井の清水」で行われる神事に関係しています。
 この「葛井の清水」は底なし沼として知られており、毎年大晦日に、諏訪大社上社でその年一年間に神事で使われた道具類(御幣帛や榊、柏の葉等)をこの池に投げ入れる…という「御手幣送り」神事が行われます。
 投げ入れた物はこの底なし沼に沈んでいく…わけですが、それだけではなく、翌日(元日)の朝に、何と、遠州(遠江=静岡県)にある「佐奈岐池」という所に沈めた物が浮かんでくると言われています。
(「さなぎ」と言えば、守矢家に伝わっている「サナギ鈴」と同じ名前ですが、何か関係があるのかもしれません)
 つまり、この葛井の清水は遠州まで繋がっており、沈めた物が一晩で遠州まで移動する…というすごい池というわけです。
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(写真15:「葛井の清水」の説明)

 この、「御手幣送り神事」、現代でも行われており、大晦日の丁度年が明ける瞬間に御手幣を放り込んでいる様ですね。

 ちなみにこの葛井神社のすぐ近くに屋内プールの設備がありました(写真に映っている隣の建物は体育館ですが、更にその隣に屋内プールがあります)。このプールもひょっとしてどこかに繋がっているのでは(というか、葛井の清水と繋がっていたりしないか)……と、余計な事を考えてしまいました…。
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(写真16:すぐ隣には体育館が…)

 さて、結構長くなりましたが、これにてようやく諏訪大社上社関係史跡の訪問も終了。結構時間を食ってしまい、夕方近くになってしまいました。
 次回は、初日の宿である下諏訪温泉に向かいます。

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2008年4月24日 (木曜日)

どんぐり、二個目

 巷の競馬界ではキャプテントゥーレ骨折、ダイワスカーレットも全休、更にはアストンマーチャンの急死と大騒ぎになっていますが、話題に乗り遅れてしまったので、うちの日記では身近?な話題を…

■競走馬「ドングリ」号が登録
 http://db.netkeiba.com/horse/2006106481/

 あの往年の名馬(笑)ドングリが時代を超えて(と言っても10年も経ってませんが…)ついに復活です。先代のドングリも重賞で3着に入ったり、準OPまで出世して最後は障害でもOPで活躍したりと、最終的には1億円近くを稼いだ活躍馬でした。
 今回の新ドングリ、英語で書くと「Donguri II」も何気に兄がデンシャミチ(※重賞勝ち馬)という良血馬なんですよね。結構活躍しそうな気がします。

参考]先代のドングリ:http://db.netkeiba.com/horse/1993109960/

 小田切馬もこうして馬名が二回転目?に入ったわけですが、個人的には「鳥の詩」が国歌として定着した(笑)今こそ、二代目ヒコーキグモの登場を期待したいですね。
(ヒコーキグモは重賞勝馬なので、馬名再使用はより条件が厳しそうですが…)


 それにしても小田切さんは、最近はかなり安定して活躍馬が出るようになりましたね。
 珍名馬馬主としての知名度が表に出がちな小田切さんですが、この方ほど波乱に満ちた馬主人生を歩んでいる方もいないと思います。
 最近はエガオヲミセテの件が知られていますが、初のGI勝ち馬のノアノハコブネも故障で失っていますし、そもそも馬主として初めての持ち馬が「あの」マリージョーイですし…。
 度重なる苦難を乗り越えて現在も活躍されている小田切さん。彼の馬がこれからも活躍することを願ってやみません。

 …そう言えば、早苗さんも愛称?で登録されてますよ!!

■「コチャ」号
 http://db.netkeiba.com/horse/ped/2006103881/

 どこかで見た血統だと思ったら、シルクの馬(シルクロザリオ)の下になりますね。

 …というか、実際の所「こちゃ」って何やねん?と思っていろいろ調べてみると、同じ馬主産でナナツダチ(七つ立ち)がいることからして、どうやら「こちゃえ節」(「お江戸日本橋」のタイトルの方が名が通っているかな?)が元ネタの様ですね。
 それにしても、父キングカメハメハ、祖母の兄弟がアジュディケーティングという良血馬に何でこんな名前を…?

>今週の桔梗屋出資馬 あらすじ

・今週は出走なし。
・桔梗屋最強馬、シルクウィザードがついに来週復帰へ。京都のD1800予定。
・パスワード、マタドールが帰厩。
・メルヴェイユが美浦に転厩。週末に星野厩舎に入厩予定。
・リリーの次走は来週の京都、D1800牝予定。
・ストレングスも来週から競争登録予定。

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2008年4月20日 (日曜日)

東方諏訪旅行記-7 諏訪大社上社本宮

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 さて、今回はいよいよ諏訪大社に。まずは、諏訪大社上社本宮です。
 ここは、諏訪大社四社でも一番大きく、そして(多分)参拝者も一番多いです。

■蛙狩「蛙は口ゆえ蛇に呑まるる」
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(写真1:大鳥居)

 ちょっと判りづらいですが、大鳥居にある石橋の所で、「御手洗川」という細い川を渡っています(幅1m程のかなり細い川…というより水路という感じです)。毎年元旦に「蛙狩神事」が行われている所ですね。この川の氷を割って蛙二匹を捕まえ、弓矢で射て新年最初の贄として神前に供えるものです。毎年必ず蛙が見つかる事で知られ、「諏訪の七不思議」の一つでもあります。
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(写真2:「諏訪大社上社本宮」看板)

 まず目に入るのが、やっぱり巨大な御柱。前回触れたように、御柱は諏訪のあらゆる社にあるのですが、やはり本家。大きさは群を抜いています。

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(写真3:御柱。「本宮二之御柱」)

 そして、もう一つ驚かされるのが、「生きている木」も巨大な事です。写真3を見ると「あれ?横の木と比べるとしょぼいのでは…」と一見思うのですが、実はそうでは無いのです。オンバシラもものすごく太くて大きいのですが、境内に立っている木そのものが更にもの凄い巨木なのです。境内には、こうした巨木が何本も立っており、この神社の歴史の古さ、信仰の深さを感じさせます。

 さて、一通り眺めた所で、東方系を中心に、いよいよ本宮の様々な場所を見ていきます。先ほどの二之御柱の横を通って、「入口御門」と呼ばれている建築物を通って行きます。
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(写真4:入口御門)

 この建物は、文政年間(1830年頃)に建立されたものです。写真の角度のために「普通の古い建物」としか映っていないのが残念ですが、実際には随所に彫刻が施されています。この入口御門だけでなく、今回旅行で立ち寄る諏訪大社の建築物はどれも非常に凝った彫刻が施されており、目を愉しませてくれます。実際に現地で見てこそ味わえる芸術だと思いますので、現地に行かれた際は、是非ともこうした彫刻にも注目して見ていただきたいと思います。

■奇祭「目処梃子乱舞」
 さて、入口御門を歩いていくと、左手に「御柱祭」の展示スペース(のようなもの)があります。
 その中で、目を引くのが、御柱祭で柱を引く際の太い元綱。そして、何と言っても紅白の棒…「目処梃子(めどてこ)」です。「目処梃子乱舞」の元ネタですね。
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(写真5:目処梃子)

 この目処梃子は、御柱祭の時に実際に使われたものが展示されています。「木落し」(「御柱祭」の時によくテレビで流れる、木に乗って坂を下るやつですね)の際に、この目処梃子を御柱の先端に取り付け、そこに人が乗って下り降ります。
 文章の説明では判り辛いので、写真を…

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(写真6:目処梃子装着!)

 …この写真で、V字型になっているのが装着された「目処梃子」です。この状態で坂を滑り降りるのですよ。すごいっすね。そりゃ死者も出るわ…。
 実際の風神録では、後ろからV字型の弾がせりあがって来るわけですが、まさにこの写真みたいな感じですね。見事に再現されています。

■天流「お天水の奇跡」/天竜「雨の源泉」
 入口御門を抜けて、続いて目に付くのが、この建物です。「天流水舎」。
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(写真7:天流水舎)

 この建物の屋根上の穴から、どんな天候であっても一日三滴以上の雫が落ちてきて井戸に溜まる…というもので、「お天水」と呼ばれています。
 また、この水を持ち帰って雨乞いをすると必ず雨が降ると言われている、奇跡の水です。「お天水の奇跡」ですね。
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(写真8:お天水説明看板)

 少し前まで雨だった事もあり、「お天水」がひょっとしたら見られるかも…と期待していたのですが、建屋は閉ざされており、中はよく判りませんでした…。よく覗き込むと、屋根裏から水が落ちてくる筒?みたいなものは見えたのですが…。
 この「お天水」、天竜川の源泉とも言われています。実際には天竜川の源流は諏訪湖そのものなので、ここから諏訪湖に流れ込んだ「お天水」が更に天竜川の源泉になっているという事でしょうか。

■忘穀「アンリメンバードクロップ」
 さて、続いて目に入ってくるのが…何もないのに、囲われている謎のスペースです。
 …ここは、かつて「筒粥神事」が行われていた場所なのです。
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(写真9:筒粥神事跡)

 現在私たちが目にする諏訪大社の「筒粥神事」は下社で行われているものです(後日、下社の回で紹介しますが、こちらはまだ残っています)。上社でもかつては行われていたのですが、文政二年(1819年)に廃れてしまい、現在では行われていません。この写真の様に、かつて行われていた跡だけが残っているだけです。
(よく見ると、苔むした建屋の跡っぽいのが見えたのですが…写真には写っていませんね)
 この、上社での「筒粥神事」。いろいろと調べてみたのですが、何故廃れたのかは良く判りませんでした。廃れたのが1819年なのですが、先ほど紹介した「入口御門」はその約10年後(1830年)に建立されていますし、例えば信仰が薄れた等は無かったと思われます。こちらの筒粥神事では「蛇」を筒を炊く燃料として使っていたりと、現在下社で行われているものとは違った形の様ですね。見られないのが残念です。


■土着神「七つの石と七つの木」
 さて、諏訪大社上社本宮の東方系名所の最後を飾るのが、「七つの石と七つの木」(の一部)です。
 この「七石七木」。ミシャグジ様が宿るとされ、かつては上社の神事としてそれぞれを回っていた様です。
 で、現在はどうなっているのかというと…「七石」は所在が不明だったり、どの石か諸説別れていたりしますし、「七木」に至ってはほぼ現存していません。そんなわけで、「七つの石と七つの木」で実際に見られるのは、「七つの石」のうち、所在がはっきりしているもののみという状態です。
 そして、「七つの石」の内、二つがここ、諏訪大社上社本宮にあります。「硯石」と「御沓石」です。
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(写真10:御沓石)

 写真は、本宮の「一の御柱」。この左後ろに見えている苔むした石が「御沓石」(おくついし)です。見ての通り、他の史跡とは異なり、説明の立看板が無いので、ぱっと見気づかないので注意が必要です。神の乗った騎馬の足跡が残っている事から、この名前がついています。

 そして、もう一つが「硯石」なのですが…。実は、この硯石、一般では入れない場所にあります。
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(写真11:現地にある立看板)

 写真は現地の案内図ですが、「硯石」は案内図で言うと中央の上部分…斎庭に面した所にあります。一般の人が入れるのは手前の拝礼所までで、その奥である斎庭に入るには、お祓いをお願いする等、中に入る用事が無いと入ることができないのです。
 そんなわけで、硯石については断念したのですが…、その後ネット等でいろいろと調べてみると、直接近くに行くのは無理としても、遠くから見られるポイントが何カ所かあるようですね。調査不足で見ることができず、残念です…。

■開宴「二拝二拍一拝」
 スペカ名は「開宴」ですが、今日の日記ではこれが最後の項目となります。
 さて、一通り東方系の史跡を見たところで、最後に忘れずにやらなければならない事があります。
 …言うまでもなく、「参拝」です。折角来たのですから、忘れずに神様にご挨拶を。
 参拝所に注意書きがありますが、勿論、諏訪大社での参拝は、「二拝二拍一拝」です。
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(写真12:二拝二拍一拝)

 参拝を終えたら、社務所にて参拝を証する「ご朱印」をいただきましょう。
 諏訪大社発行の御朱印帳を持参して社務所に差し出すと、御朱印をいただく事ができます(朱印帳が千円、御朱印が五百円)。
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(写真13:諏訪大社の御朱印帳。博麗神主…じゃなく、「諏訪大社」の印があります)
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(写真14:いただいた御朱印)

 後、絵馬も参拝所の横に掛かっています。折角遠方から来たことですし、願い事を絵馬にしたためるのも一興ではないでしょうか。
(風神録が出てから半年しか経っていないのに、東方系の、所謂「痛絵馬」が既に数枚掛かっていました…。描かれているのが八坂様よりも圧倒的にケロちゃんの方が多くて吹いた。)


 かなり東方系史跡が多くて長くなってしまいましたが、諏訪大社上社本宮編は以上です。次回は、茅野までの道を戻り、諏訪大社上社前宮に向かいます。

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2008年4月18日 (金曜日)

前売「カモンタケミカヅチ」

>皐月賞の枠順が決定
 http://race.netkeiba.com/?pid=race&id=c200806030811

「べっ…別にあんたの事なんか、応援してないんだからね!」
「……………」(くすっ…八坂様、素直じゃないんだから…)


 桔梗屋では、皐月賞に出走するタケミカヅチ号を応援しています。
 あとは、オリエンタルロックが出資馬(シルクナトゥール)の兄なので、そちらにも頑張って貰いたいところです。

 この時期は中山グランドジャンプが最大の楽しみなのですが、今年はKarasiがいない上に、出走は10頭だけになってしまいましたね。良いレースを期待したいところですが…。


>今週の桔梗屋出走馬[H20:33-34]
 今週は土日に各一鞍です。

■土曜阪神2R 未勝利(D1800) シルクメルヴェイユ号出走 10:35
http://race.netkeiba.com/?pid=race&id=c200809020702

 メルヴェイユが復帰戦を迎えます。
 結構弱メンバーで、もしこのレースに出走しているのが(先週デビュー戦4着だった)リリーあたりであれば「これは勝てるのでは!?」という感じなのですが、メルヴェイユ自身がこれまでずっと微妙な成績続きなので何とも言えません。身体能力よりも、精神的な問題の方が大きいようなので、何かのきっかけでやる気を出してくれればここでも十分通用しそうなのですが…。
 何とか8着以内…とりあえず今後復調する兆しを見せて貰いたいです。


■日曜福島11R テレビ福島賞(D1700) シルクヘラクレス号出走 15:20
http://race.netkeiba.com/?pid=race&id=c200803010411

 前走鮮やかな逃げ切り勝ちをおさめたヘラクレスが昇級初戦を迎えます。
 対戦相手は、1000万としては比較的低め。前走3着馬が2頭だけというメンバー構成です。それだけに、上位進出の目は十分あると思われますが、まずはヘラクレス自身がこのクラスでどこまで通用するかが鍵となりそうです。
 前々走での感想が「これから500万でもやっていけるかも…」と思った次でいきなり逃げ切り勝ちしたので、前走がフロックだったかどうかが問題です。
 今回使った後は放牧の模様です。戻ってくる頃には500万に降級するので、例え今回着順が悪くてもそれほど気にすることは無いのですが、やはり今後のためにも、そこそこの着順には来て貰いたいところです。

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2008年4月16日 (水曜日)

東方諏訪旅行記-6 どこに行ってもオンバシラ

 うーん、御頭祭の時期(15日)を過ぎたわけですが、あまりニュース等での露出がないですね。楽しみにしていたのですが…。
 地元の東方ファンの方とか、誰か現地に行かれた方がレポートでも上げてくれないものかと期待していたのですが、御柱祭と比べるとマイナー(というか、東方的には表に出てこない)だからでしょうか。前回までの日記で史料館の展示を紹介しましたが、多分守矢家の代表(=当主の早苗さんかどうかは不明)も参列していると思うのですが、そのあたりはどうなっているのでしょうかね。
 あと、もう一人の主役である筈の「大祝」の諏訪家の方ですが、先日、当主の方が住んでいた屋敷が下諏訪市に寄贈されたニュースがやっていましたね。何でも、当主の方は数年前に亡くなられて、屋敷は管財人の方が管理されていたとか。
 「大祝」の家系は(名跡としては)途絶え、神長・守矢家も伝承が失われ……。何だか寂しいものですね。

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 [上:mixi版/下:守矢神社版]

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 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/04/post_d107.html


■諏訪大社上社本宮へ

 さて、守矢史料館を後にして、いよいよ諏訪大社に向かいます。
 向かうは諏訪大社上社本宮です。

 …ここで、改めておさらいですが、「諏訪大社」下記の4ヶ所あります。
・諏訪大社上社前宮
・諏訪大社上社本宮
・諏訪大社下社秋宮
・諏訪大社下社春宮

 「上社」の二つ…「前宮」と「本宮」が茅野にあります(「上諏訪」ではない事に注意)。そして、「下社」は下諏訪にあり、「秋宮」「春宮」の二ヶ所があります。
 これから向かうのは、そのうち、「上社」の「本宮」です。
 位置関係では、「前宮」の方が茅野駅に近く(それでも徒歩20分程ありますが)、同じ道路沿いに、茅野駅から近い順に、前宮→守矢史料館→本宮と並んでいます。
 そのため、茅野駅から近い順に徒歩で行くのが正しい巡礼の姿?だと思うのですが、今回は長い距離の徒歩を避けて、まずは茅野→守矢史料館までタクシーで行き、守矢史料館から本宮までを徒歩で行く事にしました。
 …守矢史料館以外の訪問地である両諏訪大社にはタクシーがいるでしょうし、この後は本宮→前宮、そして前宮→茅野駅をタクシーで移動するつもりだったわけですが、蓋を開けてみると、どちらにもタクシーはおらず、結局は徒歩で戻るハメになりました。いくらオフシーズンでもこれほどの名所ならタクシーくらいはいるだろうと思っていたのですが…見通しが甘かったです。

 さて、そんなこんなで徒歩で諏訪大社上社本宮まで歩いていきます。
 道すがら目に付くのが、様々な場所に祠があるということです。現在歩いているのが、諏訪大社のすぐ近くだからというのもあるのでしょうが、この辺りだけでなく、諏訪湖周辺の一帯には本当に祠が多いです。
 祠や神社仏閣が多い…だけなら、京都やその他歴史のある街でも結構あるのですが、このあたり…諏訪湖周辺で特徴的なのが、「全ての祠にオンバシラが立っている」ことです。

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(写真1:守矢史料館の入口=守矢家の入口にあった祠。「守矢家だから御柱が立っている」わけではなく、街中の民家等にある祠全てに御柱が立っています)

Photo_5

(写真2:梶原塚 鎌倉時代の大祝が梶原景時に助命された事に感謝して建てた塚。下諏訪にあります)

Photo_6

(写真3:手長神社の本殿横にある祠の数々。一つ一つに御柱が立っています)

 こんな感じで、小さな祠であっても、四方には必ず御柱が立っています。そして、諏訪大社以外の神社も勿論御柱が立っており、この後の行程で立ち寄る葛井神社、八剱神社、洩矢神社、手長神社などなど…洩れなく、御柱が建てられています。
 「御柱祭」の勇壮なイメージで、諏訪大社にある大きな御柱だけが印象に残りがちですが、実際には諏訪湖にあるほぼ全ての神社に、そして祠に…御柱が建てられているのです。これら全てが一定期間(6年)おきに立て直されている事を考えると、その事の大変さ…そして、それだけの事が遠い過去から途絶えずに現在まで続いている信仰の深さを感じずにはいられません。


 さて、そうした事に思いを馳せている間に、10分ほど歩くと上社本宮に到着します。
 オンバシラの話が少し長くなってしまったので、一旦ここで切って、上社本宮編は次回の日記で紹介させていただきます。

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2008年4月13日 (日曜日)

東方諏訪旅行記-5 守矢史料館(後編):守矢家の過去と現在

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■守矢家について

 引き続き、守矢史料館編。今回は守矢家についてです。

 今回判った事を書く前に、とりあえず、おさらい?として、既知の情報を書いておきたいと思います。

・守矢家は洩矢神の子孫にあたる。
・諏訪大戦で洩矢神は建御名方神に敗退したが、子孫は筆頭神官「神長」として存続した。
 建御名方神の子孫…諏訪家(大祝)
 洩矢神の子孫………守矢家(神長)
・そのため、「大祝」(おおはふり:現代語では「おおほうり」と発音)は守矢家ではなく、諏訪家の血統。
・「風祝」(かぜはふり:現代語では「かぜほうり」と発音)は「大祝」の一時期使われていた呼び名の一つらしい。

・「大祝」は成人前の子供が即位する事が多かった。
・各種の神事で、神(ミシャクジ神)を降ろしたり、神と話す力は神長だけが持っていたため、実質的な権力は神長が持っていた。
・「神長」は一子相伝で、神事に使われる秘伝等は口伝で伝えられてきた。
・…が、明治5年に明治政府によって世襲神官制が廃止になり、「神長」職も廃止になった。
・翌年、守矢家に伝わる神具の多くが諏訪大社に移された。
・76代当主、実久氏は、秘伝が失われる事を惜しみ、その一部を77代当主、真幸氏に伝承した。
・77代当主、真幸氏の孫が現78代当主の早苗さんだが、秘伝の伝承は行われず、一部書き残されたもの(系図等)を除いて、全て失われてしまった。


 このあたりは事前に調べて知っていたのですが、個人的に思ったのが「明治維新の時もいろいろあったんだなぁ…」ということでした。この手の「神社系が締め付けられる」的なイベントは、先の大戦後(昭和20年代)ならまだ「ありそう」な感じで納得行くのですが、明治維新の際にもこうした事が行われていたのは意外でした。いや、明治維新期に廃仏毀釈等があったのは知っていますが、どちらかと言えば神道は「優遇された側」かと思っていたので…。私もまだまだ、勉強や調査が足りないようです。
 この手の場合、他の伝統的な名跡でよく見られるような、制度的には世襲が廃止されても、結局はその職を継ぐのは代々その一族…という「制度上廃止されても実際には世襲が続いている」というパターンになりそうな気もするのですが、そうはならなかった様ですね。現地での信仰の強さを見てくると、どうしてそうならなかったのか不思議でなりません。

 もう一つ疑問だったのが、明治以降に急速に秘伝の伝承が失われていくわけですが、特に、先代の昌幸氏→現在の当主:早苗さんへの代替わりの際に伝承が途絶えてしまった事です。これもいろいろな原因が考えられますが、こちらについては今回の守矢史料館訪問+その後の調査で、ある程度の答えが判明する事になりました。


 さて、前置きが長くなりましたが、その後の調査で判明した事は、以下の通りです。


・この史料館は、守矢家に伝わる資料を現当主・守矢早苗さんから茅野市が寄託を受けて建設されたもの。
・史料館の敷地は、守矢家の敷地の一部を茅野市に売却したものを使用している。
・史料館の建物は、地元出身で早苗さんとは幼馴染の建築家・藤森照信氏が設計した物で、藤森氏にとっては処女作にあたる。
・その藤森照信氏に名前を付けたのは、守矢家の先代当主、守矢真幸氏(早苗さんの祖父)。
・この建物は「守矢史料館」としてよりも「藤森氏の作品」として有名で、来館者のほとんどが「建物としての守矢史料館」を見に来た建築系の見学者。
・来客者の頻度は平均すると一日10人弱。年間3000名程。

・先代、真幸氏(77代)は、先々代当主で明治維新当時の当主・実久氏の弟。
・早苗さんが当主になったのは先代(祖父・真幸氏)の遺言によるもの。
・史料館の館長さんは市の職員?の方で、守矢家とは無関係の人物。
・早苗さんは現在主に東京で働いている(数年前に退職する前の上一色南小学校長時代の記事は調べると結構出てきますね)ので、地元の行事は比較的ノータッチっぽい?

 http://www.edogawaku.ed.jp/kamiisshikiss/index/rekisi/rekisi.htm

 http://www.city.edogawa.tokyo.jp/wadai/kaminan.html

 http://www.tfm.co.jp/earth/program/index.php?year=2004&month=11&day=11

 そんなわけで、守矢家に伝わる伝承が失われた理由は上記の通りなわけですが、上記の事実から、何らかの理由で「先代の真幸氏が伝承しなかった(できなかった)」事が伺えます。そうなると、その「何らかの理由」が気になるわけですが…、それは、守矢家の身内ではない部外者の身で詮索が許される範囲を超えている気がします。
 ただ、古来から伝わる伝承がこの平成の御代では失われている事を、惜しむのみです。
(それでも、この地には「失われずに残っている」ものがとても多い事を、各所の史跡を回って肌で感じる事になるわけですが、その辺りは今後の回で改めてレポートしていきたいと思います)

 後は気になったのが、来客者の少なさですね。年間3000人という事は、入場料が100円なので、一年間の収入が30万円しか無い事になります。係員さんは一人しかいないわけですが…それでも、どう考えても赤字です。
 黒字になるためには、もう一桁来客が増えないと無理だと思いますが、こう言うと何なのですが、あの立地条件と展示内容では(御柱祭の年等に一時的に増えるのはともかく)そこまで来客が増えるとは到底思えません。
 最近、所謂「箱モノ」設備の見直しが進んでいますし、収支的に言えば真っ先に統廃合の槍玉に挙がりそうです。私も個人的には余計な箱モノはどんどん潰せ派なのですが、できれば守矢史料館には残って貰いたいですね。貴重な守矢家伝来の品を伝える収蔵庫的な側面が強いので、上の方にそのあたりを汲んで貰って、いつまでも残ってくれればと思います。


■守矢史料館と建築家:藤森照信氏

 …さて、いろんな事を考えながら守矢史料館を一通り巡り、お手洗いに立ち寄ると…窓から見える外の景色に、何か違和感が。
 よく見ると、何だか怪しげな建物が近くに経っているのが見えるのです。
 写真は外に出て、裏手の「御頭御社宮司(ミシャグジ)総社」から撮影したものです。本当にすぐ近くにあるのが判っていただけると思います。

Photo


 …何ですか、この建物は? 何で木の上に家が建っているのですか?
 鬼太郎ハウスですか? 守矢一家は幻想郷に去りましたが、鬼太郎一家はまだこっちの世界に残っていたのですか? というか、それ以前に鬼太郎一家は守矢家のご近所に住んでいたんですか?
 疑問に思って係員さんに聞いてみると、件の建物は「高過庵」(たかすぎあん)。この守矢史料館と同じく、建築家の藤森照信氏が建てたものだそうです。
 私も誰それ?と思っていましたが、建築作品の数々を見ると、見たことのある建物がありました。…タンポポハウスとニラハウスです。あれを作った人だったとは…

(高過庵)
 http://architecturephoto.net/syasin/006/006.htm
 http://rempei.web.infoseek.co.jp/photo/kiji/033takasugian.htm

(タンポポハウス)
 http://tampopo-house.iis.u-tokyo.ac.jp/fujimori/work2.html
(ニラハウス)
 http://tampopo-house.iis.u-tokyo.ac.jp/fujimori/work3.html

 この藤森照信氏、この守矢史料館のある地元「茅野」の生まれだそうです。東大教授で、建築史家を経て建築家としての活動も始め、守矢史料館(平成3年築)が記念すべき処女作になるそうです。近くにあった「高過庵」は平成16年築という事で、比較的最近の作品になりますね。
 守矢家の現当主、早苗さんとは幼馴染みで、守矢史料館建築の仕事も早苗さんの紹介によるものの様です。また、小学校の校長時代にも課外授業?の講師として招かれていたりと、現在でも交流がある様ですね。

 http://www.ecoflow.jp/blog/01/61.php

 こうしていろいろ調べてみると、色んな所で思わぬ繋がりがあったりして興味深いです。

 ……そんなわけで、話題が寄り道して東方と関係が無くなってしまいましたが、守矢史料館を後にして、旅行を続けたいと思います。
 次なる目的地は、いよいよ諏訪大社。徒歩で1~20分ほどの所にある、上社本宮です。

■参考書籍
「神長官 守矢史料館のしおり」(守矢史料館販売書籍)
「ザ・藤森照信」(株式会社エクスナレッジ)

 「守矢史料館のしおり」は改めて説明するまでもないですね。守矢史料館に行かれた際には買っておいて損は無い本です。

 「ザ・藤森照信」の方は、参考図書を捜して検索をしている際に、件の「高過庵」が表紙だったのでネット購入した本です(取り寄せてから気づいたのですが、実際には表紙の建物は「高過庵」とは別物でした…)。
 この本では、藤森照信氏の建築物についてそれぞれの依頼者が文章を寄せており、その中には「守矢史料館」の依頼者である守矢早苗さんのコメントも載せられています(その他の依頼者には細川元首相や養老孟司氏など錚々たる面々が…)。コメントの内容も興味深いですし、本自体も面白いです。興味のある方は是非手に取って見て下さい。

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2008年4月10日 (木曜日)

儚月抄と諏訪子と春告精

 日本橋で、東方儚月抄の単行本を買ってきました。

 ざっと見てみましたが、REX掲載当時と比べてかなり加筆修正が入っていますね。REXと見比べると、全体的に表情が柔らかくなっている感じで、個人的にはとてもいい感じだと思います。単行本の表紙だけでなく各種の特典でかなり数多くカラー画を描き下ろしている様ですし、今回、秋★枝さんは本当に頑張ってるなぁ…。
 これまで一部の同人誌の表紙ぐらいでしか秋★枝さんのカラー画を見る機会が無かったわけですが、カラー画も本当にいい感じですね。
 単行本発行前後の多忙期で本当に大変だったと思いますが、これからも体調に気を付けて、REXの連載や東方の同人、そしてその他の連載など、これからもいい作品を生みだして欲しいと思います。

 まあ、こんな辺境の地の日記をご本人が見られる事は無いと思いますが、何はともあれ、今回、無事に東方儚月抄の単行本発刊を迎えたことに祝福と敬意を表して、(メロン特典のお茶で)乾杯。

 …の前に、まずはメロンブックスの特典で付いてきたお茶缶の処遇を考えなければなけません(笑) 早く開けないとお茶が痛みそうだしなぁ…。上を開けてペン入れにでもするかなぁ。
 …とりあえず、儚月抄単行本の感想はじっくり読んだ(+付属CDを一通り聞いた)後に改めて書く予定なので、それまでにお茶缶の処遇も考えたいと思います。


>その他の話題等

■諏訪子、天国へ
 http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080410/trd0804101147010-n1.htm

 すわーん…(泣)
 ケロちゃんが世に出始めた頃に調べて彼女の存在を知っていたので、一度会いに行きたいな…と思っていたのですが…残念です。冥福を祈ります。

 余談ですが、上記の記事が出ている産経のネット新聞をいつも見ているのですが、マイクロソフトと提携している事もあり?キーワードの所にカーソルを持っていくと、そのままそのキーワードのネット検索結果(≒関連事項)を見られる…という便利な機能がついているのですよ。
 で、今回の記事を読んで「諏訪子」の検索結果を見てみたのですが…結果が予想通りで吹いた。


>今週の桔梗屋出走馬[H20:31-32]
 リリーが日曜にデビューですよー。

■土曜阪神7R 500万下(D1200牝) シルキーイリス号出走 13:30
 http://race.netkeiba.com/?pid=race&id=c200809020507

 イリスが土曜の阪神に出走します。
 近走の成績は振るいませんが、今回は全員微妙なメンバーであること、牝馬限定の少頭数であること、比較的得意っぽい条件である事など、巻き返しの可能性のある条件が揃っています。今後のためにも、是非ともここは上位に。最低でも8着以内には入って欲しい所です。

■日曜阪神1R 未勝利(D1800牝) シルキーリリー号出走 10:05
 http://race.netkeiba.com/?pid=race&id=c200809020601

 春ですよー。桔梗屋3歳勢の最後の?希望、シルキーリリーがついにデビューします。
 未勝利戦でのデビュー。そしてリリーだけがメンバー中唯一の初出走と条件は不利ですが、対戦メンバーが微妙な面々で、勝機は結構あると見ています。メンバー中、前走馬券に絡んだのは2頭ですが、共にその前は惨敗しており、フロックの可能性あり(でも、冷静に見ると、ダート変わりが良い方向に出ていると思われます…)。その他の馬は全て前走で1秒以上離されています。
 リリーの調教時計も結構いいですし、メンバー中唯一の初出走ではありますが、これはむしろ「未知の魅力」の方が大きいと思います。結構上位も狙えると見ています。果たしてどんなレースを見せてくれるのか、楽しみです。

>今週の桔梗屋軍団のあらすじ
・ドラグーン……10日に放牧へ。
・ムーンダスト…脚元に不安発症。引退の見込み。
・ウィザード……今週中に帰厩予定

 何と言ってもウィザードの帰厩ですよ! 長かった、本当に長かった…。ほぼ丸一年かかりましたが、桔梗屋最強馬がついに戻ってきます。一年のブランクが心配ではありますが、復帰後の活躍が本当に楽しみです。

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2008年4月 6日 (日曜日)

東方諏訪旅行記-4 守矢史料館(前編):守矢史料館の概要

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■守矢史料館に到着
 さて、いよいよ守矢史料館です。
Sany5567

 看板を目印に道路から中に入って行き、立派な松の下をくぐって進むと、その奥に門が見えます。
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 表札には「神長官 守矢」の表札。そう、守矢史料館は、守矢家の敷地の中にあるのです。
(後述しますが、「守矢史料館」の敷地自体は史料館の建設時に、茅野市に売却されています)

 門をくぐると、左手に「守矢家祈祷殿」、左手奥に守矢家の家屋(当然ながらここは見学対象外)、右手に「守矢史料館」があります。ちなみに直進すると、その奥は小高い岡になっていて、中程に「御頭御社宮司(ミシャグジ)総社」。上がったところに「神長家裏古墳」があります。

※守矢史料館の外観
Photo_2

※御頭御社宮司(ミシャグジ)総社
Photo_3

※神長家裏古墳
Photo_4


 一通り見たところで、いよいよ、守矢史料館に入って行きたいと思います。

 何か奇抜な建物だな…と思いましたが、この建物の詳細については後に明らかになります(次回~次々回を参照)。

 そして、この守矢史料館の開館時間等ですが、午前9時~午後4時半で、入場料100円。月曜日と祝日の翌日(つまり、休日の翌日)が休館日です。
 入場料100円とやたら安いですが、実は、この「守矢史料館」中はそれほど広くないというより、ぶっちゃけ狭い…というか、2スペースしかありません。「御頭祭復元展示スペース」と、その奥にある「常設展示室」(武田信玄の古文書等。こちらは撮影禁止)だけです。余程興味のある人以外にとっては正直「物足りない」と感じる内容ですし、市教育委員会の施設である事からも100円という値段設定は妥当だと思います。

 そして、気を付けていただきたいのが、「休日の翌日が休館日」だという事です。
 例えば、今回の旅で、もしここに旅行二日目(祝日の翌日)に来た場合、折角来たのに休館だった事になります。
 今後例大祭等もありますし、各種イベントに合わせて諏訪旅行にも行ってみよう、という方もおられると思いますが、例えば日曜日にイベントに行った後に諏訪で一泊→月曜日にここに来たとしても、休館日という事になります。
 この「守矢史料館」だけでなく、下諏訪温泉の各種設備もそうだったのですが、「休日の翌日が休館日」というものが結構あります。折角来たのに開いてなかった…という悲しい思い出を残さないためにも、旅行準備の際に十分な下調べをすることをお薦めします。

■守矢史料館の中へ
 入場料100円を払って、中へ。
 係の方に写真撮影について聞いてみると、手前の「御頭祭復元展示スペース」はOKですが、奥の「常設展示室」はダメとの事。「御頭祭復元展示スペース」は再現したものなのに対して、「常設展示室」は武田信玄の古文書の実物等が展示されているので、そのあたりで対応が変わっているのだと思われます。
Photo_5

 さて、入っていきなり目に付くのが、「御頭祭復元展示スペース」。
 その中で、壁に沢山掛けられている鹿の頭部の剥製?と共に異彩を放っているのが、可愛い兎さんです。
 尻から突き通したオンバシラ…というか串が、脳天まで貫通している素敵な兎さんです。壁に書かれている説明が「兎の串刺」。まさにそのまま。

Photo_6
早苗「永遠亭の皆さんとは、仲良くやって行けそうな気がします」

 その隣には、「脳和」(のうあえ:文字通り「脳」の和え物)と説明書きされた生肉料理(の再現)や、鹿の生首などが並んでいます。

 これは何なのか?というと、諏訪大社の神事である「御頭祭」(おんとうさい。「御柱祭」とは別物です)の再現展示です。(現在の暦では)毎年4月15日に行われている祭礼で、諏訪大社上社前宮の十間廊(ここも後日日記で紹介します)というところで生贄を捧げ、神(ミシャグジ様)と人(その筆頭が神長官:守矢家)が共に宴を開くというものです。
 現在は生贄の鹿等は剥製で代用したりしているようですが、かつては毎年75頭の鹿を捧げていたそうです。
 詳細な説明については、解説しているサイトが結構あるのでそちらを見ていただいた方がいいと思いますが、この「御頭祭」、4月15日に実施ということで、丁度そろそろその時期になりますね。ひょっとしたらニュース等で報道されるかもしれません。

※サナギ鈴
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※守矢家の説明
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※守矢史料館のしおり
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 後、東方関係?資料として外せないのが、壁に掛かっている守矢家についての説明書き、サナギ鈴(ミシャグジ様を「降ろす」のに使う神器)といった展示物。そして、事務所で販売している「守矢史料館のしおり」です。
 特に、守矢家の説明書きや「守矢史料館のしおり」などは現当主の早苗さんを始め、明治以降の守矢家のあらましなども書かれていて資料的価値が高いです。

 ちなみに、「守矢史料館のしおり」は係の人に申し出ると購入できますが、決済関係で何かあるらしく、購入時には購入申込書に氏名等を記入する必要があります。


 一通り(というか2スペースしかないですが…)見終わった後、係の人と、この史料館やその他諸々、いろいろお話を聞いてみました。
 次回は、係の人に聞いて判ったことや、「守矢史料館のしおり」、そして後日調べてみた各種の資料から判った事…守矢家やこの史料館について書きたいと思います。

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諏訪旅行日記:目次

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 平成20年3月16日~5月24日にかけて連載された、諏訪旅行日記(3月20日~21日)についての目次です。

・うちと同名の「桔梗屋旅館」が下諏訪温泉にあった件→休みが取れたので行く事に
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/03/post_e57a.html
・初日に現地で書いた日記
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/03/post_19bc.html
・二日目、帰ってきた直後の日記
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/03/post_5978.html
・諏訪日記1:序文~諏訪までの所要時間
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/03/post_d6e4.html
・諏訪日記2:諏訪のどこに何があるの?
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/03/2_5f2a.html
・諏訪日記3:いざ、守矢史料館へ
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/03/post_8675.html
・諏訪日記4:守矢史料館(前編):守矢史料館の概要
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/04/post_9471.html
・諏訪日記5:守矢史料館(後編):守矢家の過去と現在
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/04/post_a270.html
・諏訪日記6:どこに行ってもオンバシラ
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/04/post_265d.html
・諏訪日記7:諏訪大社上社本宮
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/04/post_7c86.html
・諏訪日記8:諏訪大社上社前宮(+葛井神社)
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/04/post_7031.html
・諏訪日記9:下諏訪温泉にて一泊
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/05/post_26df.html
・諏訪日記10:諏訪大社下社秋宮&下諏訪温泉周辺
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/05/post_c4fc.html
・諏訪日記11:諏訪大社下社春宮
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/05/post_69b6.html
・諏訪日記12:諏訪の七不思議と上諏訪
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/05/post_5f5a.html
・諏訪日記13:洩矢神社~神遊び~
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/05/post_5092.html

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2008年4月 4日 (金曜日)

桜吹雪と春告精

 今週は実に20週振りに桔梗屋出走馬が一頭も無い週となりました。
 数を使ってくれたドラグーンが近日放牧予定ですし、稼働馬が次々と放牧されてしまったので、しばらくは出走数が少なくなりそうです。
 特に痛かったのが期待していた3歳馬が次々とデビュー戦で惨敗、放牧されてしまった事です。それぞれ原因らしきものはあるので、復帰後の巻き返しに期待したいところですが…。
 さて、そんな3歳勢で最後まで未デビューだったシルキーリリーが来週デビュー予定です。今回の日記は、そんなシルキーリリーの紹介記事です。


>桔梗屋新馬紹介:シルキーリリー

【シルキーリリー】(5-61)(Lily=花の名前)
 父:*ティンバーカントリー
 母:ビワナタシュカ(母父:Time for a Change)
 平成17年2月23日生 牝 栗東・松永昌博厩舎 募集価格1000万円

 http://db.netkeiba.com/horse/2005105777/

 元出資馬で1勝を挙げたシルクシルエットの妹。母ビワナタシュカは持込で2勝馬。オークス馬シルクプリマドンナの姉に当たります。繁殖としても優秀で、シルエットを始め3勝を挙げたシルキーアゲイン等、兄姉のほとんどが勝ち上がっています。母はダートで良績を挙げた馬ですし、父がティンバーカントリーということで、ダートでの活躍が期待されます。
 今のところ、調教での動きも良く、厩舎でも好感触の様です。デビュー戦は来週土曜日の阪神、ダート1400m戦予定。新馬戦に間に合わなかったのは残念ですが、桜の舞うこの時期にデビューというのもそれはそれで良いような気もします。未勝利デビューということで経験馬相手となりますが、まずは今後に繋がるレースを期待したいと思います。

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2008年4月 2日 (水曜日)

4月1日、いろいろありました

 年に一度のチルノデー。てゐがおしおきされたにも関わらず(笑)、各地では様々なエイプリルフールのイベントが決行されました。毎年この時期はネットを見て回るのが楽しみですね。

※31日の日記のてゐは、守矢一家の皆さんが美味しくいただきました。
(ネタじゃなくて、本当に「美味しくいただいている」のがすごいところです。この辺りは次回の諏訪旅行日記にて…)

 東方関係では一番自分の嗜好に合っていたのが「東方早袖伝」。一番面白かったのは「泥船水族館」でした。魚THEお姉さんの語り口に惚れました。というか、泥船水族館はいろいろぶっ飛びすぎていて、どこに突っ込んでいいのかわからない…orz そして、「THE 魚お姉さん」じゃなくて「魚THEお姉さん」なのが気になって仕方がありません。

 その他のサイトですが、ネタの性質上、4月2日になると消えてしまうものが多いですし、「祭りの跡」すらも残らないページもありますので、後から紹介し辛いものがありますね。

>「あっぷりけ」さんのサイトで昨日祭りがあったのですが…
 http://www.applique-soft.com/set.html

 4月1日に桐月さんの日記から飛んでいくと、祭りがあった…のですが、痕跡すら残っていないと紹介し辛いですね。
 確か「コンチェルトノート」の所には「2010年に延期」と書いてあったと思います(…嘘は言ってない(笑))。

 昨日の様子ですとかなり固まってきているようではあるので、新作発表を楽しみに待ちたいと思います。


 余談ですが、最近までニコニコ動画の上のバナー広告に「コンチェルト○ート」というのがあって、「大々的に宣伝する戦略に出たのか…」と思って見たら違うゲームでした。
http://announce.hangame.co.jp/hangame/core/conc/promotion/071214_lp/

 調べてみたらこのゲーム「クロスゲート」の後継だったのですね。しばらく見ない間にこんな事になっていたとは…。「クロスゲート」は昔やっていたのですが、何人かの友がこのゲームでネトゲの深淵に飲み込まれて、ネットの世界から姿を消してしまったのですよ…(泣)

魏国が東方勢からもっこもこ 第56ターン

 もう、どこから突っ込んだらいいやら…(笑)

 まさか、もっこもこでZabadakの曲を聴く時代がやってくるとは夢にも思いませんでした(元ネタの動画は何だろう…?)。
 (元ネタがあるとは言え)オープニングムービーの完成度の高さに感動。第30ターンの時よりも格段に進化していますね。個人的に、魚群(に相当する部分)はカラー部分の高速横スクロールの方が良かったかな、とも思いましたが、まあそのあたりは個人の好みの問題で、それを入れても恐るべき再現度です。というか、最後の敦盛で吹いた。

 まあ、当の「特産物」の方も、最新話で「別の方向に」進化しているわけですが…。

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