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2008年4月27日 (日曜日)

東方諏訪旅行記-8 諏訪大社上社前宮

 昨日は丁度長野の五輪聖火リレーで、巷ではいろいろと騒ぎになっていますね。
 今回長野で聖火リレーが行われているのは、十年前に冬季五輪が開催されたからですが、長野五輪時では開会式で会場に御柱が立てられたりしました(下諏訪駅前に立っている御柱が、その時のものです)し、実は諏訪も長野五輪とは縁のある地だったりします。つまり、ひょっとしたら諏訪の地も、今回の聖火リレーの騒動の様に赤旗を持った連中に踏み荒らされていた可能性があるわけで……いろいろと思うところが多いです。


 ……と、昨日起きた事件の話に触れつつも、日記自体は一ヶ月以上前の旅行についての話が、まだまだ続きます(笑)

■諏訪旅行日記:目次へ(バックナンバーへのショートカットがあります)
 [上:mixi版/下:守矢神社版]

 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=767517863&owner_id=6040004

 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/04/post_d107.html

■諏訪大社上社前宮へ
 さて、諏訪大社上社本宮の参拝を終えて、続いて同じく諏訪大社上社の、今度は前宮へと向かいます。
 今回は本宮の後に訪れていますが、実際には「前宮」と言うだけあって、前宮は本宮の手前……より茅野に近い場所にあります。過去何回か書いていますが、位置関係的には、茅野からしばらく歩いた場所にある道路沿いに、前宮-守矢史料館-本宮という感じで続いています。徒歩で行くのであれば、この順番で行った方がいいと思います。
 駆け足での旅という事で、本宮の門前に止まっているタクシーを捕まえて、一気に前宮までワープ……という目論みだったのですが、観光シーズンから外れていたためか、タクシーは全くおらず、結局徒歩で道をひたすら戻っていくハメになりました…。
 シーズンオフでも本宮前の出店街は普通に営業していて、(少な目ではありますが)そこそこお客さんはいたのに、タクシーだけがいないなんて……。

 さっき守矢史料館から歩いて来た道をひたすら歩いて戻ります。約10分程歩いて守矢史料館の前を通り、更に10分程歩くと、諏訪大社上社前宮への入口が右手に見えてきます。
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(写真1:諏訪大社上社前宮の入口)

■諏訪大社上社前宮
 諏訪大社上社前宮は、本宮と少し形が違って、山を上っていくと建物がぽつぽつとある……という感じです。
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(写真2:諏訪大社上社前宮を入ったところ。上にどんどん登っていきます)

 こちらにも、本宮ほどではありませんが、東方系の史跡があります。スペカ系としては一ヶ所だけになりますが、守矢史料館の回に紹介した「御頭祭」の開催地「十間廊」もここになります。

■御頭祭の舞台「十間廊」
 上がっていくと、左手に見えてくる大きめの舞台っぽい建物が、「十間廊」です。ここが、守矢史料館で復元展示のあった「御頭祭」が毎年行われている場所です。
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(写真3:十間廊。名前の通り、長さが「十間」だそうです)

 「御頭祭」は、毎年三月の酉の日(現在は新暦で四月十五日)に行われている神事で、鹿や鳥獣の肉、そしてお酒を神饌として捧げ、神と人間が一緒に宴会をするというものです。「神」側の方々としては、ミシャグジ様が「降りて」いるのは勿論ですし、建御名方神の子孫である大祝も、そして洩矢神の子孫である神長官(守矢氏)も参加しているという、主要メンバー全てが揃った一大宴会です。
 風神録の霊夢END(というか、東方全般で?)行われている宴会が、まさにこんな感じなのでしょうか。
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(写真4:十間廊+御頭祭の説明文)

 神饌として一番の目玉が、75頭の鹿です。守矢史料館で復元展示されている通り、かつては、75頭の鹿の生首がずらりと並べられる…というすごい光景が繰り広げられていた様です。この鹿は、勿論このために「狩ってくる」わけですが、75頭の中に必ず「耳の裂けた鹿」がいるそうです。神が自ら矛で狩ったものだと言われており、この事は「諏訪の七不思議」の一つだと言われています。
(「諏訪の七不思議」は後日改めてまとめ記事を書きたいと思います。)

 とはいえ、上記は昔の話で、現在は出席するのは大祝ではなく本宮から来られた建御名方神の「御霊」ですし、宴会は行われずに鹿の首の剥製を2~3個を捧げる等だけの神事になっている様です。
 で、これを取材しながら疑問に思っていたのが、「そもそもこんな都会(駅の近くまで行くと普通に「街」ですし…)に鹿なんかいるの?」だったのですが、近くにはこんな立て札が……。
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(写真5:神社内では弾幕禁止)

 聞けば、このあたりでは結構鹿が獲れるらしく(農作物への被害から、最近では駆除数が増えてきているそうです)、現代でも猟師が獲った鹿を奉納→御頭祭で剥製ではない本物の生首が登場…という事もあるらしいです。
 今回の記事を書くにあたり、新聞記事等をいろいろ調べたのですが、私が思っていた「開発が進んだ現代では鹿の確保に困っているのでは(獲れなくなったから御頭祭も簡略化された?)」という考えは全くの間違いでした。「鹿が捕れなくて困っている」どころではなく、むしろ「(農作物の被害対策として駆除して)獲れすぎた鹿の扱いに困っている」感じです。下記のリンク先では「鹿567頭」と書いてありますが、更に集計が進んで駆除数が四桁になっている記事もありました。すごいなぁ…。

 http://blog.goo.ne.jp/nougaku_hiro/e/f875f490124b2df617804a674fbb9a4d

■神符「水眼の如き美しき源泉」
 さて、境内を更に奥に入って…というより、山を登って行きます。
 この前宮にも勿論御柱がありますが、本宮とは違い、山道の中に経っている感じです。
写真には御柱のうち二本が見えていますが、この写真の右側の敷地に、前宮の本殿?にあたる建物があります。
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(写真6:前宮の御柱。右に見える川は「水眼の清流」です)

 さて、この写真ですが、右手に小川が流れているのが見えると思います。これが、「水眼の清流」(すいがん、ではなく「すいが」と読みます)です。
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(写真7:「水眼(すいが)の清流」)

 この写真の地点の更に一キロほど上がったところに源流があり、この後は「御手洗川」として前宮~本宮と流れていきます。前回ご紹介した、本宮での「蛙狩神事」で使われている川でもあります(…とはいえ、地図や写真で見ても、ここから本宮までどうやって繋がっているのかはよく判りませんでした…orz)。
 古くから神水として知られ、様々な神事でも使用されました。
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(写真8:水眼の説明)

 この「水眼」、現地には柄杓が用意されており、飲むことも出来ます。(あくまで「生水」なので自己責任ではありますが)訪問記念に一口飲んでみるのもいいのではないでしょうか。私も飲んでみましたが、美味しかったです。

■御朱印が貰えなかった件と御朱印の魅力
 さて、前回の本宮でもいただいた「御朱印」。勿論この前宮でも(というか諏訪大社四ヶ所全てで)御朱印をいただく事ができます。
 そんなわけで、社務所へと向かったのですが……。どうやら丁度そのタイミングでお祓い?の仕事が入ったらしく、自分が近づいていった目の前で、社務所から神官の方が数名出てきて、山の上の本殿?に上がっていってしまいました。
 ま、まだ誰かいるかな?と思って社務所に呼びかけたのですが、どうやらさっきので出払ってしまったらしく、返事なし。暫く待ったのですがどなたも戻って来ず、結局、この前宮での御朱印はいただきそびれてしまいました……。

 そんなわけで、残り3ヶ所については御朱印をいただけたのですが、この上社本宮については御朱印をゲットできず。今回の旅行での諏訪大社御朱印コンプリートはなりませんでした。全ヶ所参拝したのに残念……。
 まあ、逆に、再度この諏訪の地を訪れる名目が出来たというか、諏訪の神様がもう一度来いと言っていただいている……と前向きに考えたいと思います。
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(写真9:前宮でいただきそびれたので、本宮の御朱印を代わりに紹介…)

 余談ですが、前回の諏訪大社上社本宮編で、本宮でいただいた御朱印の話を掲載したわけですが、その際にmixi側で見慣れない方の足跡がいくつかあったので辿ってみました。それで知ったのですが、この「御朱印」。この諏訪大社以外にも様々な神社仏閣でいただけるのですね。
 いろいろ関係するHPを調べてみると、いただける御朱印や朱印帳にも様々な種類があるようで、魅力的なものが非常に多く、この「御朱印をいただく事」が一つの趣味の分野として成立しているようです。
 この「御朱印」、大筋では記念スタンプみたいなものですが、大きく違うのが、「手書き」であるという事です。写真は前回も掲載した本宮でいただいたものですが、御朱印帳を渡すと、社務所の方がその場で御朱印を押し、「諏訪大社~」や参拝日等を筆で書いて下さります。スタンプとは違ってとても趣深いもので、これはいい参拝記念になるものですし、これを集めるのはなかなか瀟洒な趣味だと感じました。
 これまで京都や東京、そして自身が暮らしている大阪で様々な神社仏閣を訪問したわけですが、その中にも実は御朱印をいただける場所がかなりあり(一部、宗教的な理由で?御朱印をやっていない宗派もありますが、大きめの場所では結構やっているっぽいです)、これまで勿体ない事をしていたな……と思いました。
 これからは私も御朱印集めを新たな趣味として、旅に出る際には忘れずに、今回諏訪大社でいただいた御朱印帳を持参したいと思います。


■葛井神社へ
 さて、諏訪大社上社それぞれに参拝が終わったところで、茅野の近辺にある諏訪関係の、そして東方系の史跡をもう一ヶ所回っておきたいと思います。
 「葛井の清水」で知られる「葛井神社」です。
 この葛井神社、これまで回ってきた諏訪大社上社と守矢史料館と同じく茅野の西側(諏訪湖側)にあるのですが、ここだけはこれまで回った三ヶ所とは違い、少し離れた場所にあります。そのため、この「葛井神社」を訪れる際には更に一時間程度は必要になると思います。また、結構判りづらい場所にあるので、道に迷う事も考慮しておいた方がいいかと……。いずれにせよ、旅行でここを訪れる際には注意が必要です。
 他の場所とは違って大きな道沿いには無いですし、他よりマイナー?なので地図では「葛井神社」とは書かれていなくて所謂「神社マーク」だけでしか描かれていないものが多いです。で、神社は諏訪には沢山あるので、どれかどれやら判らないという……。

 ともあれ、ご多分に漏れずしぱらく迷った後に、ようやく、葛井神社に到着。
 まず目に入るのが、葛井の清水……もそうですが、「謎の木」です。
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(写真10:葛井神社の「千本欅」)
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(写真11:葛井神社の「千本欅」別アングルから)


 屋根が取り付けられた、ジブリアニメに出てきそうな謎の木。これが何なのかと思って説明の立て札を見ると、これは「千本欅」と呼ばれている欅(けやき)の巨木…の跡だそうです。かつて神木だった樹齢7~800年の大欅だったのですが、昭和49年に切られてしまいました。その後、保存のためにこの状態になっているそうです。
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(写真12:「千本欅」の解説)

■神秘「葛井の清水」
 さて、続いては本命の「葛井の清水」です。…さあ、これが「葛井の清水」ですよ!!
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(写真13:「葛井の清水」。左側には葛井神社の御柱が立っています)

 え、池しか無いって? …はい、この池っぽいの(というか、池そのもの)が「葛井の清水」なのです。
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(写真14:「葛井の清水」別アングルから)

 池にしか見えないこの「葛井の清水」ですが、この「清水」は諏訪大社上社の神事には欠かせない存在で、諏訪の七不思議の一つとなっています。
 何が「不思議」なのか? それは、この「葛井の清水」で行われる神事に関係しています。
 この「葛井の清水」は底なし沼として知られており、毎年大晦日に、諏訪大社上社でその年一年間に神事で使われた道具類(御幣帛や榊、柏の葉等)をこの池に投げ入れる…という「御手幣送り」神事が行われます。
 投げ入れた物はこの底なし沼に沈んでいく…わけですが、それだけではなく、翌日(元日)の朝に、何と、遠州(遠江=静岡県)にある「佐奈岐池」という所に沈めた物が浮かんでくると言われています。
(「さなぎ」と言えば、守矢家に伝わっている「サナギ鈴」と同じ名前ですが、何か関係があるのかもしれません)
 つまり、この葛井の清水は遠州まで繋がっており、沈めた物が一晩で遠州まで移動する…というすごい池というわけです。
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(写真15:「葛井の清水」の説明)

 この、「御手幣送り神事」、現代でも行われており、大晦日の丁度年が明ける瞬間に御手幣を放り込んでいる様ですね。

 ちなみにこの葛井神社のすぐ近くに屋内プールの設備がありました(写真に映っている隣の建物は体育館ですが、更にその隣に屋内プールがあります)。このプールもひょっとしてどこかに繋がっているのでは(というか、葛井の清水と繋がっていたりしないか)……と、余計な事を考えてしまいました…。
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(写真16:すぐ隣には体育館が…)

 さて、結構長くなりましたが、これにてようやく諏訪大社上社関係史跡の訪問も終了。結構時間を食ってしまい、夕方近くになってしまいました。
 次回は、初日の宿である下諏訪温泉に向かいます。

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