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2008年5月21日 (水曜日)

東方諏訪旅行記-12 七不思議と上諏訪

■諏訪旅行日記:目次へ(バックナンバーへのショートカットがあります)
 [上:mixi版/下:守矢神社版]

 http://mixi.jp/view_diary.pl?id=767517863&owner_id=6040004

 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/04/post_d107.html

 まずは前回の予告通り、諏訪の七不思議から…。

■諏訪の七不思議(判りやすいように一部東方風の書き方に変えています)
1Aa.御神渡り
2B-.蛙狩神事(元旦の神事の際に必ず蛙が捕れる)
3-b.筒粥神事
4C-.高野の耳裂け鹿(御頭祭で神が狩った耳の裂けた鹿が必ず獲れる)
5Dc.御作田の早稲(御作田の神事で植えた稲が30日で育つ)
6E-.葛井の清水
7F-.お天水の奇跡
-Gd.穂屋野の三光(御射山御狩神事の際に日月星が同時に見える)
--e.綿の湯(八坂姫のお化粧湯。不浄な者が入るとお湯が濁る)
--f.寝入りの杉(下社秋宮の大杉。夜中に杉の鼾が聞こえる)
--g.浮島神社(下社春宮付近の中州にある社。決して流されない)

数字:「諏訪の七不思議」
A大:「諏訪大社上社の七不思議」
a小:「諏訪大社下社の七不思議」

 基本的には「諏訪の七不思議」と「諏訪大社上社の七不思議」はほぼ同じ。ただし、廃れた筒粥神事だけが差し変わっている感じですね。そして、下社の方は結構独自の七不思議が多いようです。
 直接スペカになっていないものに付いては簡単な説明をつけておきました。それぞれ、過去の回で現地を訪問した際に解説しているものばかりなので、興味があれば見ていただければと思います。
 現在未使用の「七不思議」の中で、次回作の「地霊殿」や更にその後の作品でスペルカードに採用されているものが出てくるかもしれませんね。


 さて、本編に戻ります。
 今回は下諏訪を後にして、上諏訪の東方関係史跡へと向かいます。
 まずは、下諏訪駅に向かいます……。

■梶原塚
 下諏訪駅までの途中、駅の近くに「梶原塚」があります。

01
(写真1:梶原塚)

 というか、実はここの存在は全く知らず、この場所を通ったのは全くの偶然でした。
 この梶原塚ですが、平安時代末期~鎌倉初期……というか、源平合戦期の源氏の武将、梶原景時を祀った塚です。
 梶原景時と言えば、源頼朝の有力武将として活躍したのですが、平氏討伐時に源義経と対立していた事で知られています。
 源平合戦時に対立、戦功は義経に及ばない→義経の事を兄頼朝に讒言→後の頼朝義経兄弟の争いの原因に……的な捉えられ方をされる事が多いようです。対立相手の義経の人気が高い事もあり、景時の方は悪人扱いされる事が多いです。最期は二代将軍時代に謀反を企てて一族が滅亡している(梶原騒動)のも評価を落としていますね。
 義経との確執については、実際の所は義経自身にも独断で動きすぎ+傲慢な所があり、「お堅い」(というか、官僚的な?)景時とは「合わなかった」だけで、どちらが悪いとは断定できない感じがします(3年ほど前の大河ドラマでは、比較的公平な描写だったような記憶が…)。

 さて、その景時がこの諏訪の地とどんな関係があるかと言うと、彼はこの時代の大祝を助命した事があるのです。というか、この梶原塚が、助けて貰った大祝が景時へのお礼として建てたものなのです。
 当時の大祝・金刺盛澄は木曽義仲の武将として戦っていましたが、義仲が頼朝に敗れた為に彼の立場も非常に危うい物となります。捕らえられた彼は源頼朝によって処刑される事が内定し、景時に身柄を預けられてしまいます。
 景時には金刺盛澄を処刑するように命令が下っていたのですが、金刺盛澄が弓の名手である事から景時は何とか助けたいと思い、頼朝に「盛澄の流鏑馬を一度見てやって下さい」と懇願します。頼朝はその頼みを受け入れましたが、彼自身には助命する気がなかったので、わざと失敗するように癖の強い馬をあてがいました。
 ここで、景時は金刺盛澄に彼が乗る馬の癖を密かに助言します。盛澄はアドバイスを生かして癖馬を乗りこなし、見事な流鏑馬の腕で全ての的を射落としたのでした。
 そして、その妙技に感動した頼朝は盛澄とその部下達を助命。放免された金刺盛澄は無事、諏訪の地に戻ってくる事が出来たというものです。
 そして、金刺盛澄が景時の死後、その恩義に報いるために建てたのがこの塚になります。

 一般的に(最近は見直されつつあるものの)悪人扱いされている梶原景時ですが、こういった一面があった…という事を示す史跡でした。
 あと、金刺盛澄については下社秋宮の近くに銅像があります。格好いいので必見です。

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(写真2:過去にも紹介しましたが、下社秋宮の近くにある金刺盛澄像)

■上諏訪駅
 さて、下諏訪駅から電車で一駅。上諏訪駅に向かいます。
 上諏訪駅ですが、何と言っても駅の中に「足湯」がある事が特徴です。

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(写真3:足湯写真1。ホームの中にありますよ)

 この足湯、何でも以前は普通の「露天風呂」だったそうで、数年前に改装されるまでは普通にお風呂に入っていたそうです。すごいですね……。

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(写真4:足湯写真2。のんびりしていってね!)

 ……今回は時間が無くて駆け足だった関係上、足湯に入れなかったのが残念です。次回は是非とも行ってみたいですね。


■手長神社へ
 さて、上諏訪駅を出て、まずは手長神社へと向かいます。
 前日の雨も上がり、この日はいい天気で前日よりは暖かい一日でした。
 もうすっかり春ということで、町中では春告精も姿を見せてくれました。また、別の場所になりますが、真面目に働いている?橙と、その隣で何か怪しげな事をしている小町の姿もありました。さすがは神と人が近い街(笑)、諏訪です。

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(写真5:町中にもリリーが。春ですよー)

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(写真6:橙&小町。小町の存在感がすごいです)

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(写真7:何となく印象的だったので撮影した町中の祠)

 そんな諏訪の街を歩きながら、長い坂道、そして長い階段を上がっていくと、手長神社へと着きます。

■土着神「手長足長さま」

 そんなわけで、手長神社です。

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(写真8:手長神社を入口から撮影)

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(写真9:手長神社本殿)

 何故か、本殿に対して左側がものすごく長いという特徴的な形状になっています。

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(写真10:手長神社本殿の左側)

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(写真11:本殿右側は短めで、続きには小さな祠がいっぱい)

 言うまでもなく、土着神「手長足長さま」の元ネタにして片割れの神様です。
 この神様は二人で一組と言ってもいい神様で、須佐之男命と結ばれる事になる櫛名田姫の両親に当たります(八又の大蛇の話で出てくる事で有名ですね)。更にその子孫(文献によって代数が異なる)が大国主神(建御名方神の父神)……という事で、実は手長様は建御名方神にとってもご先祖に当たる神様だったりします。

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(写真12:神社に掲示されている系図)

■手長様の手が長すぎる件について

 さて、この手長神社に来た理由の一つが、勿論神社自体に参拝したかったというのもあるのですが、もう一つの動機が「手長様の像」を見たかったからです。
 この「手長様の像」ですが、何というか……とにかく「手の長い」像で、一度見ると忘れられない姿をしています。私自身もネットでぐぐって画像を発見し、是非とも一度実物を見てみたいと思っていました。
 ちなみにこんな感じです…↓

 http://www.geocities.jp/sizen_junnosuke/ichigojinjya17.html

 いろいろ情報収集した結果、この像は
・それぞれの神社にはないらしい
・高島城にあるらしい
・上記とは別の手長足長像が木曽にあるらしい

 ……というところまでは事前に判明したのですが、ひょっとしたら手長神社にもないかな、と期待していました。
 結局、手長神社には手長様像は無く、そしてこの後訪問する高島城にも見つからず……結局、どこにあるのかは判らずじまいでした。
 今回は会えずじまいでしたが、いつかは、手長様の像を間近に見てみたいものです。

■神符「神が歩かれた御神渡り」
 続けて、「八剱神社」に参拝します。

13
(写真13:八剱神社)

 ここは、諏訪湖に「御神渡り」が出たときに現地に赴き、本当に「御神渡り」なのかを判定する……という役目を持った神社です。
 御神渡りは今年2年ぶりに現れたので話題となりました。当時のニュース記事等を調べていただければ、八剱神社の神官が凍った諏訪湖に立っている姿が見られると思います。

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(写真14:八剱神社の解説文)

 ……が、勿論、これは真冬の話なので、既に3月末である今回の旅行とは関係がありません。現地に行ったものの、残念ながら「普通の神社を見ただけ」に終わりました…orz
 時間があって、機会に恵まれれば、「御神渡り」が出たニュースを見る→すぐに現地に向かえば、御神渡り神事を見ることが出来るかもしれません。

■高島城
 更に続いて「高島城」に向かいます。

 ここに向かった目的は、まず一つ目が「手長様の像」があるという情報があったためです。そしてもう一つは、「七つの石と七つの木」のうちの一つ「亀石」がここにあるためです。

 ……が、手長様像については探し回ったものの、結局見つからずじまいでした。
 そして、「亀石」については見つけたものの、手長様探しに気を取られてしまい、撮影しそびれてしまいました……orz まあ、ここにある「亀石」は、本当に「七石七木」の一つである事が確定しているわけではなく、「亀石」である可能性があるいくつかの説のうち一つが、この高島城にある石に過ぎません。

 ……というわけで、東方的には、手長様の像は無い(私の探し方が足りない可能性もあります)ですし、亀石は実物とは限らないですし、駅からも結構離れています。あと、お城自体もそれほど大きくありません。この場所を旅行の際に訪問地に含めるかどうかは微妙な線ですね。

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(写真15:高島城)

■諏訪湖には行けず
 最期に、せっかく諏訪に来たのだから諏訪湖畔まで行ってみよう……と思っていたのですが、なにぶん一泊二日の弾丸旅行。結構湖まで時間が掛かりますし、現地まで行くと最終訪問地の洩矢神社に行く時間が無くなってしまう……ということで、結局断念。行かずじまいに終わりました。
 そんなわけで、諏訪に行きながら、諏訪湖については遠くから眺めただけという結果に終わりました。残念です……。次回の旅行ではゆっくり諏訪湖畔に立ち寄りたいですね。
 当日行きたかったのが、「間欠泉センター」です。間近で間欠泉が吹き上がるのを観察できるそうですし、温泉卵とかも売っているらしいです。
 ちらっと行こうかとも思ったのですが、実はこの間欠泉、現在は自噴しておらず圧縮空気で人為的に出している(+間欠泉の高さも数メートル程度)……という夢のない話を事前に知ってしまい、じゃあいいや…と訪問するのを止めにしてしまいました。

http://www.city.suwa.nagano.jp/contents/Contents.asp?CONTENTNO=63

 とはいえ、その辺りを含めても、実際に見てみると結構圧巻らしいです。
 それに、この間欠泉、東方次回作の「地霊殿」の冒頭で登場していますし、ひょっとしたら今後改めて注目される事になるかもしれません。興味のある方は行ってみるのもいいのではないでしょうか。


 そんな感じで、微妙に不完全燃焼ながら、上諏訪についても訪問終了。
 次回はいよいよこの連載も最終回。
 洩矢神社に立ち寄って、諏訪子様と神遊びです。

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