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2008年5月14日 (水曜日)

東方諏訪旅行記-11 諏訪大社下社春宮

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 [上:mixi版/下:守矢神社版]

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 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/04/post_d107.html

 さて、下諏訪温泉を一通り楽しんだ後は、諏訪大社下社春宮に向かいます。

 徒歩で向かう途中、道端の蛇口から温泉を汲む人を見かけたりして、ここが温泉街なのだな、という事を感じさせます。前回も紹介しましたが、ここは銭湯も多く、本当に温泉が身近にあっていい街です。
 10分程歩くと、春宮に到着します。
 春宮のすぐ側にも無料の足湯があり、ここが温泉の街である事を感じさせます。

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(写真1:春宮の入口側にある足湯。散髪屋さん?が無料開放しているようです)


 入口の前には大きなアーチ状の木橋があります。……ただし、橋と言っても川を横断しているわけではなく(実は「川を横断しているのですが」)、道路の真ん中に橋だったものが置いてあると言った感じです。
 この建造物は「下馬橋」といい、室町時代に建てられたという、諏訪大社に現存する中では最古の建造物です。

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(写真2:「下馬橋」)

 この下馬橋は御手洗川(これまでも下社で何度か登場していますね)を横断する形で渡されており、春宮を参拝する際には何人たりとも下馬しなければならず、御手洗川で清めた上で渡らなければならない…という掟があったようです。現在この橋は通行禁止で(立て札が無いので知らずに渡っている人が時々いましたが…)、「遷座祭」時の御輿のみが渡る事を許されているそうです。
 ちなみに現在は川は無い…様に見えますが、中心部を良く見ると、しっかり川が現存してます(写真は撮りそびれてしまいましたが…)。現地に行かれた際には、是非その辺りも注意して見てみて下さい。

 さて、それでは春宮の入口に入っていきたいと思います。

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(写真3:春宮の入口)

■神符「杉で結ぶ古き縁」
 鳥居をくぐって中に入ると、右手に大きな杉の木が立っています。
 これが、春宮にある東方系史跡の一つ「結びの杉」です。名前だけ見ても何かわかりにくいですが、「杉で結ぶ古き縁」の元ネタです。
 この杉の木、上部が二本に別れていますが、根本は1本になっていることから縁結びの杉と言われているそうです。

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(写真4:「結びの杉」。上の方が二股に別れています)

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(写真5:「結びの杉」解説)

 ……正直な話、見た感じ普通の杉ですのでわかりにくいかもしれません。秋宮にも境内に入ってすぐの所に大木(寝入りの杉)が立っているのですが、「寝入りの杉」の方が遙かに太くて大きいですし、こちらの方は「諏訪の七不思議」に入っています。むしろこっちの方がスペカになっていないのが不思議な位ですが…。

■筒粥「神の粥」/神穀「ディバイニングクロップ」
 さて、もう一つの東方スペカ遺跡は「筒粥殿」です。

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(写真6:筒粥殿)

 前に、上宮本宮を訪問した際に「かつて筒粥神事が行われていた跡」をご紹介しましたが、この下宮については筒粥神事は廃れておらず、現在でも行われています。
 今年も1月14日に行われており、ネット上には何件か現地で取材をした記事も上がっていますので、そちらを参照してみるのもいいのではないかと思います。

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(写真7:筒粥殿の解説)

 ちなみに中がどうなっているのか撮影してみたのですが……こんな感じのものしか撮れませんでした……orz 一応、中の囲炉裏は江戸時代中期のものらしいです。

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(写真8:筒粥殿の内部)

■秋宮と春宮
 さて、それ以外の建築物ですが、この諏訪大社の下社の秋宮と春宮は、大筋で同じ様な配置になっています。

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(写真9:春宮の神楽殿)

 正面に「神楽殿」があり、その更に奥に「幣拝殿」があるという構造ですね。神楽殿は秋宮と比べるとこぢんまりとしていますがほぼ同様の位置にありますし、奥にある「幣拝殿」はほぼ同一年代(安永9~10年:1780-81)に双方で建築技術を競いながら造られたそうです。そのため、「幣拝殿」と隣接する左右の「片拝殿」は同様の図面を元に造られ、それぞれの宮大工の特色によって一定の差異はありながら、大筋では同じ建築物になっているそうです。

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(写真10:春宮の幣拝殿)


■万治の石仏
 さて、最後に一応「万治の石仏」を紹介しておきます。

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(写真11:万治の石仏案内看板)

 春宮の境内(入ってすぐ)のところに、「ワイドショーでも取り上げられた、あの万治の石仏!」的な下世話な立て看板が立っています。天下の諏訪大社ともあろうものが、こんな立て看板を置いてまで観光客を集める時代になったとは、世も末ですね。そら、八坂様も幻想郷に逃げるわ……。
 何はともあれ、その看板の案内に沿って歩いていくと、100m程先に「万治の石仏」があります。
 どんなものなのかといいますと……こんなのです。

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(写真12:万治の石仏)

 この石仏、石材を採る際にこの石に鑿を入れたら血が噴き出した→この石を使うのを止めて仏を彫った……というエピソードが元で、昔から(万治年間:1660年頃)ひっそりとあったらしいのですが、最近(といっても昭和になってから?)になって、芸術家の岡本太郎が「これはすごい」的な事を言ったらしく、それから知名度が上がって今に至るようです。
 よく見ると確かに、石仏の顔が「太陽の塔系」っぽい感じはしますが……。
 (私が大阪の北摂に住んでいるという事情もあり)万博の太陽の塔に常日頃から慣れ親しんできた身にとっては、それほどインパクトのあるものでは無いというか、この顔はもう飽きたというか、太陽の塔の方が強いというか(笑)
 う゛~ん……。わざわざ見に来る程、大したものじゃぁ……
 ……ということで、私的にはここは「諏訪の三大がっかり」の一つなのですが、見る人によっては違う感想があると思います。春宮の本当にすぐ近くですので、春宮参拝の時に足を伸ばしてもいいのではないかと思います。

 ちなみに、春宮からこの万治の石仏に行く途中で川(砥川)を渡るのですが、その中州に小さな社が建っています。

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(写真13:浮島社)

 この社ですが、どんな洪水の時にでも流れないという伝説があるそうで、「諏訪の七不思議」の一つとなっています。こちらの方も要チェックです。
 …前も少し触れましたが、この「諏訪の七不思議」ですが、「諏訪全体版」「下諏訪神社版」「上諏訪神社版」とそれぞれあるらしく、しかもそれぞれ「被っている」ものが多いので複雑になっています。次回あたりで、調べたものをまとめたいと思います。


 さて、そんな感じで春宮への参拝も終了。次回は上諏訪に向かいます。

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(写真14:春宮&秋宮の御朱印)

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