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2008年12月30日 (火曜日)

東方諏訪旅行記2-5:天流水舎とお天水

■第2回東方諏訪旅行:目次
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/11/post-93a7.html


 さて、今回は「天流水舎」についてです。
 この「天流水舎」、改めて書くまでも無いのですが「お天水の奇跡」で知られる場所です。
 勿論前回(3月)の諏訪旅行でも訪問しており、いろんな角度から観察したり、「お天水」にまつわる様々な逸話なども調べたりしていました。

 その時の経験が元になって?「お天水でお粥を作ろう」(上宮の筒粥殿跡は天流水舎の隣にあるのです)という発案で書いたのが、先日のSSこんぺに投稿した「神様のおかゆ」でした。

■宣伝(笑)…第6回SSこんぺ投稿作「神様のおかゆ」はこちらで読めます。
・SSこんぺ会場
 http://thcompe.hp.infoseek.co.jp/

 当HP内の置場
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/11/post-1179.html

 こんぺ投稿作を書いている際にも当然、題材である実際の「天流水舎」の写真等を見ながら参考にしていたわけですが、その時に感じたのが「天流水舎って不思議な構造をしているな…」でした。
 SSでは話の展開上目を瞑って、「天流水舎」について、

・中に「お天水」を溜める桶が置いてあって外からその様子を眺めたり
・扉から入って「お天水」の入った桶を回収したり

といった描写をしているのですが、実は、実際の「天流水舎」では多分どれも不可能と考えられます。
 うちのSSについては「幻想郷の守矢の神社の『天流水舎』は別物」で済むと言えば済むのですが、それでは実際の「天流水舎」はどうしているのだろうというのが気に掛かっていました。本当に不思議な構造の建物なのです。
 実は今回の旅行の主要目的の一つが、その疑問を検証すべく、「天流水舎」を改めて間近で見てみる事でした。

 そんなわけで、今回はいろいろな角度から改めて「天流水舎」を捉えてみましたので、写真を見ながら考えてみたいと思います。
(写真には一部、前回旅行時のものが含まれています)


■正面から(全景)
01
(写真1:「天流水舎」の全景)
02
(写真2:「天流水舎」の説明)

 「天流水舎」や「お天水」の謂れについては前回の旅行記でも触れましたし、皆さんご存じだと思いますので今回は省略します。
 また、前回取り上げた「五穀の種池」はすぐ側にあり、この写真を撮ったアングルから後ろを振り向けば、そこが「五穀の種池」になっています。

 見ていただいての通り、本体となる建物の右側に、小さな社っぽい建物がくっついて建てられています。

■右側から
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(写真3:「上社筒粥殿跡」と「天流水舎」)

 「天流水舎」の右手から撮った写真です。
 既に廃れてしまった上社での「筒粥神事」が行われた「筒粥殿跡」(今は木の囲いしかありません)の説明の立て看板。その左後ろに見えているのが「天流水舎」です。

■左側から
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(写真4:「天流水舎」の左から撮った写真)

 ちょっとピンぼけしてしまっていますが、「天流水舎」の正面と左側を撮影したものです。手前に見える階段は、「布橋」に上がっていくものです。左手奥に見えるのが「布橋」で、横手に目処梃子などが展示されているのをご覧になった方も多いのではないかと思います。
 更に上がった突き当たりには、重要文化財の「四脚門」がありますが……普通「布橋」には「入口御門」から直進して入って行くのが正規の通り道なので、この階段を使う人はほとんどいません。確か侵入禁止の柵があったと思います。今回は、「天流水舎」の裏手を確認するために、この階段を途中まで上がっています。
 「布橋」の説明が長くなりましたが、とりあえず「天流水舎」の左手についても入口が無い事が判ります。
 また、正面側の屋根についても、特に何もないのが判ります。

■後ろから
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(写真5:「天流水舎」の左側と後ろ側)

 更に階段を上り、「天流水舎」の後ろ側から撮影したものです。角度的にちょっときついですが、「天流水舎」の後ろ面にも入口が無いことが判ります。

■後ろ側の屋根
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(写真6:「天流水舎」の後方の屋根)

 いつも死角になっている、「天流水舎」の後ろ側の屋根です。中央部の一番上あたりに、何か筒みたいなのが突き出ているのが見えます。
 ……これが、「お天水」が落ちてくると言われている場所です。

■お天水の出てくる筒
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(写真7:お天水の筒、内側)

 窓から「天流水舎」の内側に突き出ている筒を撮影したものです。
 写真がピンぼけして「うにゅほ棒」っぽく見えますが、実際は丸い筒です。

 ここから「お天水」が落ちてくる……ようです。

■考察
 で、この「天流水舎」の構造なのですが…ここまでいろんな角度の写真を見ていただいた通り、こんな感じの特徴になっています。

1.窓がない

 前後左右、全てが壁になっており、中を見ることができません。
 先程「うにゅほ棒(仮名)」を覗き込んだ「屋根に近い格子部分」からしか内部を伺い知る事はできません。屋根との位置関係もあり、一番高い角度から見ても、先程の写真の角度が限界です。
 つまり、内部の床に何があるか……言い換えると、屋根から落ちてきた「お天水」がどのような方法で「溜まって」いるかは全く判りません。
 「お天水が落ちてくる場所」と「取り出せる場所」は明らかに位置がずれていますので、落ちてきた「お天水」を一時的に入れておく「何か」は確実にあると考えられます。
 しかし、実際にどうやっているのかは謎です……。

2.(人が普通に入れる大きさの)入口が無い

 前項でも触れたように、前後左右全て壁で、入口がありません。
 初めて行った時に、「後ろ側にあるのかな…」と思って回り込んでみた記憶があるのですが、そちらにもありません。
 つまり、入口(らしきもの)は、正面右手にある小さな社っぽい部分だけです。

08
(写真8:正面右手にある社。「お天水」の取り出し口?)

 この社が「天流水舎」の内部に繋がっているので、ここから入っていって「お天水」を回収すると考えられます。現在の神事等で「お天水」を使う機会がどれだけあるのか(それ以前に、一つでもあるのか)が不明なので、どの程度の頻度なのかは判りませんが……。
 それにしても、この入口、かなり小さい(4~50cm四方くらい?)ので、実際に入るのは大変そうです。もしこの辺りまで忠実に再現してSSを書いていたら、八坂様のお尻が引っかかって入れないシーンまで描かないといけません(笑)
 ひょっとしたら、中まで入っていくのでは無く、この入口を開けた場所に器か何かがあって、「お天水」が流れてくる仕組みになっているのかもしれません。


 余談ですが、この写真に写っている、社を囲う石柵には、奉納者の名前が刻まれています。
 写真の左右の大きな石に刻まれているのが、漁業(海苔)関係者というところに、この「お天水」の神徳が表れています。(書物等での裏が取れなかったので詳細は省きますが)昔、汚れた海に「お天水」を注いだ所、その効果で海が浄化されて海苔が豊作になった事があるそうです。
 ところで、中央の石に「藤森照芳」という方の名前が刻まれているのですが、これは藤森照信氏(守矢家現当主、早苗さんの幼馴染みで守矢史料館等を設計した建築家)の一族の方ですかね?「藤森照」まで同じ漢字ですけど……


 そんな感じで、いろいろと謎が多い「天流水舎」についての考察日記でした。
 考察日記といいつつ、大筋で「不思議ですよね~」で終わってしまっているのが何ですが、もし実際に「お天水」を使うような神事があれば、一度見に行ってみたいものです。 またいろいろと調べてみよう……。

 さて、今回の日記が、年内の最終更新になる予定です。
 11月から続き、結局年内に完結しなかったこの連載と共に、年越しを迎える事となります。
 この日記を見に来ていただいた皆様。この一年、桔梗屋旅館、別館のききょうステークス、そして守矢神社記帳所(日記)……とご愛顧いただき、誠にありがとうございました。一年間、大変お世話になりました。
 また来年も、宜しくお願い致します。どうか良いお年をお迎え下さい。

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