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2009年4月19日 (日曜日)

東方諏訪旅行記2-9:諏訪大社秋宮と厭い川の翡翠

■第2回東方諏訪旅行:目次
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2008/11/post-93a7.html


 さて、諏訪湖散策を済ませた後は、この旅行の締めという事で諏訪大社の下社…春宮秋宮の二社に参拝します。
 この他にも、前回の旅行で行きそびれた場所として、藤島神社(洩矢神社の対岸にある神社)や博物館等にも行きたかったのですが…このあたりは次回旅行のお楽しみですかね。

■諏訪大社下社秋宮
 そんなわけで、上諏訪→下諏訪まで電車で移動し、秋宮まで歩きます。
 ここは何度来てもいいですね。大鳥居をくぐって石段を上り、神楽殿の大注連縄が見えると、諏訪に来たのだなぁという実感が沸きます。
 何度来ても……というか、そもそも前の晩も来ているわけですが、この場所は大好きです。

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(写真1~4:諏訪大社下社秋宮)

※この後、春宮の項でも触れますが、この風景は今年の秋以降数年間見られなくなりますので、巡礼をお考えの方はお早めに…。

 参拝とご朱印を忘れずに済ませた後は境内を巡り、秋宮の風景を堪能します。
 御柱の横には、前回の旅行よりも格段に数を増している東方系の絵馬たち。散策する私に、絵馬も「ゆっくりしていってね!!」と言ってくれています。
(実際にそういう絵馬が掛かっているのですが…写真のうぷは自粛で…)

 その言葉に甘えて?ゆっくりと境内を巡り、神楽殿や本殿、御柱そして秋宮という場所の雰囲気そのものを楽しみながら散策します。
 勿論「境内の雰囲気」には、その場所に居る人々…神職の方は勿論、地元や各地からの参拝者の方も含まれます。眺めていると、参拝者の方が次々とやって来るのですが、半分位は神楽殿にお参りしただけで満足して帰ってしまいますし、残りも奥の本殿や御柱を少し見て帰る人が多いですね。神楽殿の大注連縄の印象が強いせいか、神楽殿が本体だと思っている方が多い(というかほとんど)の様です。また、この諏訪大社に「参拝地」では無く「観光地」として来ている方も多い様で、派手な?神楽殿や御柱を見て満足してしまう人が多い様です。
 勿論神楽殿や御柱もすばらしいのですが、境内の雰囲気そのもの……そうした全てが秋宮(そして諏訪大社)の魅力なのに、全部を味あわずに戻ってしまうのは、何というか「勿体無い」なぁと個人的には思います。特に春宮などでは、神社本体の参拝はそこそこに、近くの「万治の石仏」に行ってしまう方が多かったり…。良くも悪くも観光地化してしまっているのかなと感じます。
 私も時間的に余裕が無い中数を回っているので偉そうに言えた義理では全くないのですが(笑)、その名所の魅力や雰囲気を楽しむのではなく、「その名所に行くことそのもの(その名所に行く事だけ)」を目的にしている(というより、結果的にそうなっている)方が増えている様に感じました。
 本当に旅行を楽しめたかは、その場所を十分満喫できたか、その土地で思い出を作ることができたかだと思うのに、勿体ない……。

 ……偉そうに言っている割に、何を言いたいのか自分でも良くわからなくなってきましたが(笑)、ともかく、こうした旅行の際には駆け足では無く、余裕のある時間でその土地(観光地)の雰囲気、魅力をじっくりと味わえる様な行程を組む事が大事だと思いました。
(実際の所、自分も諏訪旅行は駆け足での行程なので、半分以上自己反省も込めた文章ですが)
 ここを読んで下さっている方には、これから諏訪旅行を計画されている方もおられると思いますが、(東方絡みのものに限っても)回るべき、魅力のある名所は本当に多く、そして各所に散らばっているので限られた時間の中で全てを訪問するのは本当に大変です。
 正直言って、学生さんが数泊滞在するとかでない限り、一度の旅で全部の場所を(十分堪能できる形で)巡るのは無理です。改めて、二回以上来る事を前提に、最初の旅行は「とりあえず一通り見て回る」か、訪問箇所を絞った方がいいかと思います。

■源符「厭い川の翡翠」

 さて、神社仏閣にお参りした際の定番イベントとして「おみくじを引く」があります。
 このおみくじ、勿論諏訪大社にもあるわけですが、諏訪大社のおみくじは、所謂「普通のおみくじ」の他に「翡翠みくじ」があります。ちなみに普通のおみくじが100円なのに対して、翡翠みくじは300円と3倍です。
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(写真5:参考写真。上社前宮の社務所)

 この翡翠みくじ、袋を開けるとおみくじと共に小さな翡翠が入っています。

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(写真6:翡翠みくじ)

 この翡翠ですが、諏訪とは結構縁のある石なのです。
 翡翠は姫川の流域から産出される事で知られており、下流域の翡翠が多く産出される地域は現在「糸魚川(いといがわ)市」になっています。
 ここは全国でも(というより世界でも)稀な良質の翡翠の産地で、「玉(ぎょく)」と呼ばれて宝石として扱われており、日本では主に勾玉の材料として使われていました。
 現代でもこの「糸魚川翡翠」は高い価値を持つ品物として知られており、試しに「糸魚川翡翠」でぐぐって見ると、5~6桁の値段の商品がゴロゴロと出てくる超高級品です。
 姫川は安曇野を源流(昔は青木湖が源流という説もあり)として北方面に流れている川で、最終的には新潟県から日本海に繋がっています。
 源流が白馬等の、長野県外の人間にとっては「スキー場が一杯あるところ」として思い浮かぶ場所で、諏訪からは100キロ弱程度離れています。糸魚川市に至ってはほぼ新潟の河口付近なので「諏訪の関係史跡」として挙げるのは少し無理があるかもしれません(少なくとも、諏訪に行ったついでに糸魚川も同日に見る…のはかなり無理そうです)。

 ただ、建御名方神の母(大国主神の妻神)である奴奈川姫がこの地方出身で、建御名方神が諏訪に入る際には姫川を遡るルートを通ったと言われています。古来から諏訪とこの地方とは深い関わりがあった様ですね。
 清流として知られていますが、「暴れ川」として知られており、事ある毎に氾濫する事から「厭い川」(いといがわ)と呼ばれていました。「糸魚川」は、この「厭い川」が語源となっており、「厭い川の翡翠」はここから来ています。

 そんなわけで、普通よりもお高いおみくじではありますが、現地に行かれた際は引いてみるのも一興ではないでしょうか。

■三匹獅子舞
 そんな訳で、のんびりと参拝していた訳ですが、少しすると、いきなり目の前で何かの行事が始まりました。神楽殿の前に「祭」と書かれた半被を来た方々が集まってきて、巫女さんから清めの水を貰っています。
(今更言うことでも無いのですが、巫女さんは赤い袴です)

 更に暫く見ていると、神楽殿の前で獅子舞が始まりました。
 良く「獅子舞」と聞いて思い浮かべる「獅子一体の中に2~3人入って舞う」タイプの物では無く、「一人の獅子×3」で舞うというものでした。神楽殿の前で、祭り囃しに合わせて舞う獅子舞はなかなか良い物でした。
 関係者の方が広げていた幕には「福島県川内村 高田島三匹獅子舞」と書かれていました。

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(写真7:高田島三匹獅子舞。顔があまりはっきり映ると何なので、少し遠目のアングルで…)

 調べてみるとこの「高田島三匹獅子舞」は福島県の川内村(いわき市の北隣)の伝統芸能(重要無形民俗文化財)で、定期的に舞を奉納に来ている様ですね。
 川内村と言えば、最近のネタとしては「税金滞納者の定額給付金を差し押さえようとした」ニュースで名前が出ましたが、蛙の名所(モリアオガエルの生息地)で、「蛙の詩人」草野心平が愛した土地として知られています。

(高田島三匹獅子舞)
 http://www.kawauchimura.jp/tourism/sisimai.htm

 旅行前に予め神事関係は調べていたのですが、旅行期間内には特に何も予定されていないので残念だな……と思っていたので、ちょっとした嬉しい驚きでした。

■そして春宮へ…
 そんな感じで、秋宮を巡った後は徒歩で春宮へ。
 春宮では、思わぬ出来事があったわけですが、それは次回の日記で書かせていただきたいと思います。

 小町も真っ青のマイペース振りで(笑)連載開始から半年近く経過している諏訪旅行記ですが、次回がいよいよ最終回です。

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