« 選挙と週末の競馬等日記 | トップページ | 週末の競馬日記 »

2009年9月 1日 (火曜日)

東方竹取物語考察 6:難題「燕の子安貝」

■東方竹取物語考察:目次
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2009/05/post-f11c.html

■難題「燕の子安貝」(石上麻呂)

【石上麻呂(いそのかみ・の・まろ:640[舒明天皇12]-717[霊亀3])】
 大和朝廷成立時からの有力氏族、物部氏の当時の当主。
 物部氏は饒速日命を祖とし、天皇家より前に大和を支配していたが、神武東征の際に投降。以降は大伴氏と並ぶ軍事氏族として仕え、大和朝廷成立に重要な役割を果たした。
 物部尾興の代に大連となり最盛期を迎えたが、仏教導入を巡る蘇我氏との争いで子の物部守屋が戦死し敗退。権力の座は蘇我氏に移った。麻呂は尾興の四代孫にあたる。

 その後、麻呂の代に「石上」氏に改姓。
 麻呂は壬申の乱時には近江側に付くも敗退。自決した大友皇子に最後まで付き従い、皇子の首を吉野方に持参した。
 その後、敗れた側でありながら天武帝より厚い信頼を受け、遣新羅大使等を勤める。天武帝の殯(もがり)の際には誄(しのびごと)を行い(現代に当てはめると、大喪の礼で葬儀委員長をやったようなものと思ってください)、持統帝の即位の大礼では大盾を立てる(同じく、臣下の筆頭扱いのようなものだと思ってください)等、歴代の天皇に厚い信頼を受けていた。平城京遷都の際には藤原京で留守官を勤めた。
 最終的に左大臣まで出世し、78歳という長寿を誇った。霊亀元年(715)以降は臣下の最高位にあり、死に際して従一位を追贈される。「続日本紀」には彼の死に百姓が痛惜した旨の記述があり、民衆にも人気があった事がうかがえる。
 息子の乙麻呂は中納言、孫の宅嗣は大納言まで出世。宅嗣は日本初の(一般開放の)図書館を作ったことでも知られている。その後石上氏は衰退するが、子孫は代々、石上神宮(「七支刀」が安置されている事で有名)の宮司を勤めた。
 高松塚古墳の被葬者の有力候補でもある。


 ……というわけで、名字は石上ですが、実は「物部氏」の当主なんです、この方。
 何となく蘇我氏に負けて一族全て滅亡したっぽいイメージがありますが、しっかり生き延びていたようです。今回の主役、麻呂が頑張った成果か、左大臣まで返り咲いています。
 そしてこの石上麻呂。阿部御主人@キトラ古墳に続き、高松塚古墳被葬者の有力候補です。実は阿部御主人の死(大宝3[703]年)後、麻呂が後任で右大臣に就いていたりとこの二人は結構縁深い関係だったりします。

 さて、この石上麻呂に輝夜姫が出した難題が「燕の子安貝」です。
 「子安貝」は文字通り、貝の一種です。貝なので当然ながら海等にいるのですが、今回難題に出されたのは「燕の子安貝」ということで、「燕が産んだ」子安貝を持ってこなければなりません。
 子安貝はタカラガイとも呼ばれ、主に暖かい地域の海で取れるものだそうです。殷王朝等で貨幣として使われていたり、次で述べる「安産のお守り」の話が広く知られていたりと、当時でも(少なくとも貴族階級では)そんなに入手が難しい品物ではなかったと思われます。まあ、「燕が産む」という要素が絡むため一気にレアアイテムと化していますが、子安貝ものものはそこまで珍しいものでは無かったのではないでしょうか。
 この子安貝、「子安」の名前通り、昔から安産のお守りとされていました。通貨として使われているように美しい光沢を持つこと、形状が女性器に類似している事などから、出産時に握りしめていると安産になると言われていたようです。

 とはいえ、結婚を拒み続けている輝夜姫が、何で安産のお守りが必要なのか……というのは大きな疑問点ではあります。
 個人的な見解ですが、輝夜姫は、石上麻呂が好きだった…というのは言い過ぎとしても、(少なくとも、求婚者五人の中では)高く評価していたのではないでしょうか?

 そう考えさせる材料として、物語からは以下のことが読みとれます。
・五人の中で、難題が一番簡単っぽい
・安産のお守りを難題として出すことで、さりげなく気がある事をアピール?
・難題の失敗後、彼にだけ和歌を書き送ったりと対応が優しい
(まあ、失敗した後の悲惨度が一番高いからでもありますが…)

 そして、石上麻呂本人に「いい人」だったと思わせる話が多いことがあります。
・没落しかかった物部氏を立て直した苦労人
・元々大友皇子派でありながら、天武系の歴代天皇から厚い信頼を受けていた
・民衆からも好かれていた
・万葉集に旅先から妻のことを気遣う歌が残っている
・子安貝を入手しようとする話が他の4人とは異なり、ほのぼのと?している

 とはいえ、そんな状況とは裏腹に、実際は石上麻呂は子安貝を手に入れることが出来ず……しかも、五人中最も悲惨な運命が待っています。

 他の四人が出された難題が、どう見ても国内で手に入るとは思えない物ばかりの中、彼が出された難題は、とりあえず燕を押さえておけばいいわけですし、比較的簡単に思えます。何しろ、燕はどこにでもいるのですから。
 ただ、唯一の……そして最大の問題。この難題を「難題」にしている所以が、当たり前ですが燕は子安貝なんか産むわけがないという事です。個人的には、適当に子安貝を入手して「燕が産みました~」と言って輝夜姫の所まで持っていけば案外すんなりと騙せた様な気がします。
 が、そこは人格者?の石上麻呂。馬鹿正直に燕の子安貝を入手する道を選びます。

 自邸に戻り、部下達に「燕が巣を作ったら報告せよ」と命じます。訝しむ部下達に事情を説明すると、部下から
・燕を殺して腹を割いても中からは出てこない
・子を産むときに何故か子安貝を産むときがある
・ただし、人が見ると消滅するらしい
 ……という情報を貰います。貴族の部下レベルの人がそこまで詳しい情報を知っている事ですし、実際に「燕の子安貝」はあったのかも知れません。やっぱり難題の中では一番簡単だったような気がします。

 ともあれ、部下から「大炊寮」(食料を司る役所らしいです)に大量に燕の巣があることを聞きつけた石上麻呂は、部下を20名程引き連れて大炊寮に移動。足場を組んで巣を見張り、燕が子安貝を産むのを待つ作戦に出ます。
 ……が、巣の下に足場を組んで沢山の人が見張っているため、燕が寄りつかなくなってしまいました。

 石上麻呂が困っていると、大炊寮の役人が出てきて助言をしてくれました。
 彼の助言は、沢山の人が見張っているから燕が寄りつかないので、誰か一人をカゴに入れて待機させておき、燕が卵を産む素振りが見えたときに素早くカゴをつり上げて、子安貝を回収する……というもの。
 更に彼は、燕が卵を産むときの仕草まで教えてくれる親切振り。石上麻呂は感謝してその場で彼に自分が着ている服を脱いで与えました(現代の感覚で考えると変な感じがしますが、この時代では最高級の感謝の表現でした。サッカーの試合終了後のユニフォーム交換みたいなものでしょうか)。
 こうして作戦を伝授された石上麻呂。他の挑戦者とは異なり部下や周囲の人たちも協力的です。このあたりを見ていると、やっぱりいい人だったのではと思わせます。

 そして、夜になってもう一度現地に行ってみると、燕たちが戻ってきており、巣を作っています。が、カゴに載せた部下たちに燕の巣を調べさせますが、やっぱり子安貝を産んでいる様子はありません。
 業を煮やした石上麻呂は、自らがカゴに入り、子安貝入手に挑戦します。

 自分が入ったカゴを持ち上げて貰い、間近から燕の巣を観察します。
 すると!目の前の巣で、燕が昼間に教えて貰った通りの「卵を産む仕草」をするではありませんか。慌てて手を燕の方に伸ばすと、何かが手にぽとりと落ちる感触が。
「取ったぞ!早く下に降ろしてくれ!」
 興奮して叫んだ石上麻呂。部下達は慌てて降ろそうとしましたが、強く引っ張りすぎた表紙にカゴを支えていた縄がぷつりと切れて、石上麻呂はカゴごと地面に墜落。しかも悪いことに下にあった金属の鼎に激突し、腰を強打してしまいました。
 石上麻呂は白目をむいて気絶。部下が水を飲ませてようやく意識が回復します。
 彼は息も絶え絶えの状態ながら、ようやく入手した子安貝を見てみようとしましたが、開いた手のひらから出てきたのは……何と、燕の古糞でした。

 がっかりした石上麻呂。腰骨が折れるわ、苦労した挙句燕の糞しか手に入らない悲惨な状態だわで、病気も併発してどんどん体調が悪化して行きます。
 さすがに気の毒に思った輝夜姫は、彼に和歌を書き送ります。石上麻呂は返歌を書きましたが、そこで力尽き、ついに帰らぬ人となってしまいました。
 この事から、期待に反してうまくいかないことを「かひ(貝≒甲斐)なし」と呼ぶよ
うになりました(オチ)。


 ……というわけで、五人の求婚者の中で一人だけ死ぬ、という悲惨な結果でした。
(現実の石上麻呂は長生きしていますが)
 明らかに五人の中では一番簡単な課題でしたし、上手く立ち回れば彼だけは何とか出来た様な気がするのですが……。


 さて、挑戦者の四人までが脱落した難題。
 次回……いよいよ、最後にして(実際は原作では二人目なのですが)最大の大物が登場します。
 日本史に燦然と輝く、摂関家藤原氏の偉大なる二代目!
 そして、もこたんの父!
 藤原不比等が難題「蓬莱の玉の枝」に挑みます。

|

« 選挙と週末の競馬等日記 | トップページ | 週末の競馬日記 »

東方」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/33967/46091746

この記事へのトラックバック一覧です: 東方竹取物語考察 6:難題「燕の子安貝」:

« 選挙と週末の競馬等日記 | トップページ | 週末の競馬日記 »