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2010年11月 6日 (土曜日)

「黄昏のシンセミア」感想日記 4:不満点等-追記

■「黄昏のシンセミア」感想日記:目次
 http://september.moe-nifty.com/kikyo/2010/07/post-476b.html


 いつの間にか、前回の感想日記から随分間が開いてしまいました。
 その間に公式HPの方では「御奈神村報」の方が無事に最終回を迎え、発売に伴う一連の展開についても一段落した感じです。
 内容について疑問に思った面や感想などを続けて書く予定だったのですが、元々(「あっぷりけ」さんの過去作品からもそうした傾向があるのですが)疑問点や謎については、そのほとんどがゲーム本編内や特典冊子、そして「御奈神村報」で答が出てしまっています。
 特に、「御奈神村報」の方では主に銀子さんが、後で考察しようと思っていた題材について次々と答えていってしまう始末です(笑) おかげで、考察ネタについてはほとんど書く余地がなくなってしまいました。
 そして、いろいろと要望したい事もあったのですが、「御奈神村報」の最終回で美里さんの髪の長い頃の絵も出た事で、個人的にはほぼ満たされてしまいました(笑)
(人気投票の発表で「髪の長い頃の姿も見たかったなぁ…」というコメントが載っていますが、あれを投稿したのは(たぶん)自分です)


 そんなわけで、書こうと思っていたネタがほとんど潰れてしまい、すっかり機会を逸してしまったのですが、とりあえずのまとめ…というより前回までに書きそびれた内容として、不満点というか、気になった点を追加で2つほど書いておきたいと思います。

1.主人公やプレイヤーが未知の事項に対する既述について

 ゲーム中、謎解き要素的なものがいろいろとある訳ですが、こうした要素が「明らかになっていく」「解き明かされていく」事に対する描き方が淡泊に過ぎる様な感じがします。
 具体的には、

・本人のルート以外での銀子さんの素性に対する描き方があっさりしすぎ
 大筋で「銀子さんって○○ですよね」「そうだよ」「そーなのかー」とさらっと流している感じです。
 各ルートのそれぞれの場面でもっと重大な出来事があるにしても、銀子さんの素性というのはかなりの大事である筈なのですが……。

・春日神社に伝わる人形についての描き方
 いろいろと思わせぶりな既述があるのに、本編では答がなく、最終的には「設定資料集を見ろ」になっています。

・「天女の過去」を孝介が知ったときの描写が淡泊
 孝介はシンセミア編で過去の出来事を知るわけですが、「知った事」自体について、それほどのリアクションもなく、さらっと流してしまっています。
 プレイヤーの方は既にフラグメントの閲覧で知ってしまっているので、二回描くわけには行かなかった事もあるのだと思います。また、場面的に自身たちの過去や、さくやの置かれている状況を何とかする方が優先度が高い事もあります。しかし、最後の場面につながる重要な要素だけに、現代側の登場人物が過去の出来事を全て知った事に対しての反応をもう少し丹念に描くべきだったと思います。または、いっそのこと、孝介たち現代の人間は「知らないまま」で行くのも手だったかもしれません。
 個人的には、フラグメントで情報を小出しにしたのが合わなかったのではないかと思います。過去編を独立させて一度に流す→その余韻のままに最終編に突入する、所謂「AIR方式」の方が良かった感じもするのですが……。


 他にもこうした事を感じさせるシーンの多くが、「作者やスタッフは(作者なのだから当然)知っているが、主人公(孝介)またはプレイヤーが十分に認知していない」事柄となっています。
 正確には、基本的には「主人公(孝介)が知っている事」=「プレイヤーが知っている事」なのですが、主人公が理解の早い、頭の良い人物として描かれている事もあって、物語の描写が「プレイヤーが『飲み込む』よりも早く進展してしまう」事が多く見られます。
 また、別のルートや、過去に(主人公の視点以外で)描かれている要素、言い変えれば「プレイヤーは内容が判っている」謎解き要素を、改めて主人公が(主人公の視点では初めて)経験する様な場合に、途中経過の描写は「ある程度は」簡略化するのは構わないと思うのですが、今回についてはあまりにもばっさりと削り過ぎではないかと思います。
 このあたりが、具体的には上記で挙げた「銀子さんの素性に対する孝介の反応」「天女の過去を知った際の孝介の反応」等になります。
 これらは、展開や内容等はそれぞれ異なりますが、いずれも主人公やプレイヤーにとって未知の要素を「解き明かしていく」「知っていく」描写を十分に行わず、飛ばしすぎている事に起因します。

 こうした点は今回のシンセミアだけではなく、過去作からも続く傾向で、例えば「みあそら」の最終ルートで悠斗(主人公)がアルの存在を知って合流するまでの記述がばっさりと削られている事などが相当します。

 当たり前ですが、作者は全ての謎要素について最初から「知っている」ので、プレイヤーや主人公が「知らない」「その時点で初めて知った」という視点で描くのは難しいものです。
 頭の回転が早い主人公を違和感無く描けている、という時点で、当然作者は主人公以上に頭の回転が早いわけですが、多くの読者は……特に「物語をじっくりと味わおう」と思って読んでいる時には、それほど頭を早く回しているわけでは無いことに留意しなければなりません。読者(プレイヤー)は「物語の展開に付いていく」ために読んでいるのではなく、「物語を味わう」ために読んでいるのです。
(こうした描写の最適な線がどこなのか、といわれると難しいところではありますが……)

 こうした事を改めて丁寧に描きすぎると、物語のスピード感を削ぐ事になるため、そのあたりとの兼ね合いもあるのですが、それにしても(個人的には)現状は削り過ぎかなぁと思います。
 こうした事は、謎解きの爽快感や、その謎を知った際の主人公の心の動きまでも削ってしまう事になります。いずれも、物語に感情移入するための重要な要素です。物語を壊してしまう程には削り過ぎてはいないとは思いますが、個人的には、もう少し丹念な描写が必要だったのではないかと思います。
 ゆっくりと味わって食べれば十分に楽しめる美味しい料理なのに、早食い……とまでは言わないものの、微妙に急いで食べなければならない様で、非常に勿体ないです。


2.登場キャラの胸が大きすぎる

 いや、関係者の多くが「完全なる皆神」を輩出する血統だから仕方ない面があるにしても、作中の登場キャラがほぼ巨と貧しかいないというのは如何なものでしょうか。
 巨/大/普/貧/無と満遍なく配置して数多いユーザーの嗜好に配慮すべきではないでしょうか。いや、別にユーザーに媚びるために品揃えを変えろとまでは言いませんが、それにしても大きい側に偏りすぎではないかと思うのです。みあそらやコンチェルトノートの時は比較的多彩に用意されていたのに、今回は巨と貧(無)ばかりで、普乳キャラが美里さんしかいない……。

 い、いや、べ……別に、胸の大きさで美里ねーちゃんが好きになった訳じゃないんだからねっ!!!


終わりに

 
 ……と、オチをつけたところで、長きに亘った今回の感想日記も、これで一区切りとなります。

 ……何だか気がつけば、不満点、そしてジャコスの話(笑)ばかりを書いた感想になってしまいましたが、1回目の「全体的な感想」で書かせていただいた通り、「黄昏のシンセミア」は、そして「あっぷりけ」さんの、そして作品に関わる方々の作られる作品は素晴らしいものです。
 願わくば、この文章を読んでいる皆さんにも(もし未プレイの方がおられましたら)「黄昏のシンセミア」を、そして「あっぷりけ」さんの作品を手に取っていただきたいと思います。そして、遠からず発表されるであろう新作を、楽しみに待ちたいですね。

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